第65回「心に咲く花会」 「優しい おもてなし」 〜 これからの人生は天への贈り物 〜

第65回「心に咲く花会」

「優しい おもてなし」 〜 これからの人生は天への贈り物 〜

『高松宮妃癌研究基金 第50回記念国際シンポジム「がん研究とその成果が導く最適医療の新展開」」(パレスホテル東京 に於いて)に出席した。「純度の高い専門性」は、日々勉強である。「柏がん哲学外来」(柏地域医療連携センター に於いて)に出向いた(添付)。スタッフとの昼食会も、楽しいひと時であった。その後、「新宿東口がん哲学外来 三角形カフェ」(Svenson 新宿東口サロンに於いて)に参上した(添付)。筆者は講演の後、個人面談も行った。有意義な時であった。主催者の「温かい配慮」には、大いに感激した。

「早稲田大学 エクステンション センター」での講座『がんと生きる哲学 〜医師との対話を通して「がん」と生きる方法を考える 〜』に赴いた。テキストは、『楕円形のこころ がん哲学エッセンス』(春秋社)が、用いられた。今回は、「尊いいのち」(ページ22、23)、「ほんものの教え」(ページ224−27)を、受講者の皆様と、朗読しながら、意見の交流を行った。「新渡戸先生のもっとも大切な教えは、To doの前にTo beであった」(南原繁)、「純度が高くなければ、ものごとの本質は伝えられない」で、教室は大いに盛り上がった。終了後は、高校教師を定年退職され ご自宅で、開催されている「第2回モーツァルト記念 がん哲学カフェ in MSA横浜」に向かった(添付)。久しぶりにモーツァルトの曲を拝聴した。チラシには、「これまでの人生は天からの贈り物。これからの人生は天への贈り物。」が、紹介されていた(添付)。高橋ご夫妻の「優しい おもてなし」には、大いに感動した。

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第63回『一億本の向日葵』 ~弱さは誰かを温める羽衣になる~

第63回『一億本の向日葵』

~弱さは誰かを温める羽衣になる~

今週は多面的に“がんと生きる”ことを考える機会に恵まれました。

樋野先生にご紹介頂き、7名と一匹のワンちゃんで訪れた長野県駒ケ根市にある「駒ヶ根パノラマ愛の家」。高台に位置し、目の前に広がる駒ヶ岳と、リンゴ畑に囲まれた長閑で静かな場所、そして今村都牧師やそこに集う方々の優しさや朗らかさに触れさせて頂きました。“がんと共に生きる人”が時に必要とする“静かに心と体を休め、息をつける場所”がそこにはあると感じました。張りつめた緊張の糸を緩めることを許される場所。「駒ヶ根パノラマ愛の家」の環境と時間を包み込む大きな空っぽの器を、がん哲学外来のメディカル・ヴィレッジの拠点として活用させて頂ける事に心から感動しました。早速3月20日㈮にメディカル・カフェの開設記念&映画上映会を開催することが決まり、春と共に喜びが届きそうです。

今週はその他に、高校におけるがん教育の授業にも参加させて頂きました。その授業は今まで見せて頂いたがん教育の授業とは違った形でとても興味深く感じられました。がんを取り巻く様々な人の立場から一つの立場を選び、そこから「がん」をテーマに探求していく授業でした。立場が違うことで「がん」見え方もまた違ってきますが、知識だけでなく、情報を集め、深く掘り下げて考える。それを共有することを通して持つことができる、自分のがん、大切な人のがん、社会の中のがんの視点は、生徒の皆さんが今後様々な形で「がん」と出会うことがあった時に生きてくるのではないかと感じました。また、これから様々な勉強をして、社会を創造していく生徒さんの多くが、この授業を通して、がんと共に生きる人を取り巻く社会的な問題や、がんの存在に対しての改善策を考えてくれている事をとても頼もしく思うことと同時に「助ける人」と「助けられる人」という垣根が見えてきました。

「助ける人」である時に、自分の痛みや弱さも許せる人でありますように。

「助けられる人」である時に、自分の強さを思い出せますように。

その役割はいつも入れ替わりを繰り返していること忘れませんように。

必死に隠そうとしているその痛みや弱さを開放した時、誰かを温める羽衣になる。そんな風景を目の当たりにして、自分の中にも、高校生の中にも、楕円形のこころが程よく育っていくことを願いました。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第62回『一億本の向日葵』 ~ことばのシャワーを浴びる~

第62回『一億本の向日葵』

~ことばのシャワーを浴びる~

ことばには背景があります。私はことばの背景を感じるのが好きなのだと最近感じています。11月4日㈪に群馬県伊勢崎市絣の郷 円形交流多目的ホール で開催された 「支え合う」まちづくりがんサバイバーシップ支援事業 『伊勢崎がん哲学外来映画上映&講演会』の座談会に映画出演者としてお招き頂きました。私はお話をさせて頂く立場で参加させて頂きましたが、ドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』を鑑賞し、座談会で語られるお話、樋野先生のお話にもじっくりと耳を傾けられたとても大切な時間になりました。そんな時間を過ごしながら、ことばの重みは背景の濃さで違ってくるのだと改めて感じました。これで5回目となる映画の鑑賞ですが、今回、福井の塩田さん(肝臓がんで治療中)が居酒屋でご友人の方々と語らうシーンが大好きになりました。

「もうちょっと長生きしたいなあ。」目を輝かせてしみじみと話す塩田さんの姿。奥様との別れやがんの宣告、治療。そんな中でも塩田さんのその輝く目の奥にはどんな世界が映しだされているのか、とても心を惹かれました。「見てみたい・感じてみたい」そんな風に思いながら映画を鑑賞しました。伊勢崎市民病院外科診療部長の片山和久先生、患者さんの就労を支える社会労務士の萩原秀長さん、AYA世代のがん患者が集える場所G-AYA代表の佐藤友哉さん、今回の会を主催されたなごみカフェの塚本恵美子さんとご一緒させて頂いた座談会では、一人一人の方の出会いや経験に裏打ちされた背景を伴ったことばたちに溢れ、さり気なく差し出されたプレゼントのように、参加された方々に届いていたように感じました。そして、樋野先生のお話で締めくくられた今回の上映&講演会ですが、やはり樋野先生のことばは何度聴いても不思議だなと思います。聴いている人それぞれの背景と繋がる隙間があるような不思議な感覚です。それは樋野先生のことばとことばの間や、音などにも由来しているのかもしれませんが、そこにがん哲学の寛容さのようなものも感じました。

今週は水曜日にも樋野先生のお話をじっくり伺う機会に恵まれました。年明けの1月18日に東京の豊島区でドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』の上映会が開催されます(添付)。その日に参加が叶わない樋野先生が会場の皆さんに向けたビデオレターの撮影をするということで見学させて頂いていましたら、目白がん哲学外来カフェの代表森尚子さんから、突然ビデオレターのインタビュアーのご依頼が・・・。かなり戸惑いましたが、1対1で樋野先生とお話している気持ちでインタビューをさせて頂きました。「背中を押されている」という気持ちで歩まれてきたというがん哲学の道。経験という背景のあることばに心を動かされることも多いですが、樋野先生が語られるがん哲学の中では、ことばから行動が生まれ、経験、そして背景となっていくという逆の流れを感じました。私たちは日々どれだけのことばに接しているか分かりませんが、その中でも誰かの心の支えになるようなことばや、個性(心に咲く花)を引き出すことばに触れる機会に恵まれることで、何年か後に私たちのことばの背景になる経験はより豊かになるのではないかなと思います。

同日の夜には虎ノ門にあるラジオNIKKEIで樋野先生のラジオ収録がありました。毎回笑いが溢れるスタジオでは、やはりたくさんのすてきな言葉に出会います。アナウンサーの大橋とき子さんの美しい声やことばの使い方にも毎回学びを頂いています。今週はそんなことばのシャワーを浴びた豊なひとときでした。放送は11月22日㈮11:35~とのこと。ぜひラジオを通して、ことばの処方箋のシャワーが皆さまに届きますように。 

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第64回『心に咲く花』 日本地域医療連携システム学会 〜 すきまをつなぐ ドリーム & ビジョン 〜

第64回『心に咲く花』

日本地域医療連携システム学会 〜 すきまをつなぐ ドリーム & ビジョン 〜

「第65回 がん哲学外来メデイカル・カフェ@よどばし」(淀橋教会に於いて)に赴いた。定例の「365日の紙飛行機」の熱唱で始まり、筆者は、4組の個人面談を行い、「糸」の合唱で終えた。次回の12月は、「赤鼻のトナカイ」が、歌われる気配がする。筆者は終了後、羽田空港から鳥取に向かった。

「第3回 日本地域医療連携システム学会」が、「すきまをつなぐ地域包括ケア in 鳥取」をテーマに開催された(主催:鳥取県看護協会)(添付)。「発信!!高齢先進地 鳥取」と謳われていた。総合司会:谷口祐子 鳥取県看護協会 地域包括ケア推進特別委員 のもと開始され、座長:内田眞澄 鳥取県看護協会 会長による 基調講演「すきまをつなぐ看護の力」(荒木暁子 日本看護協会 常任理事)、谷口晋一 鳥取大学医学部地域医療学講座 教授の座長による、講演1「在宅診療の現場から地域医療連携を考える」(福田幹久 ひだまりクリニック院長)、講演2「在宅医療を支えるICT 〜 ICTを用いた医療と介護の連携ソフト虹ねっとcomの活用 〜」(辻毅嗣 つじクリック医長)、松浦治代 鳥取大学医学部保健学科 教授の座長のもと シンポジウム「現在の取組から在宅医療のすきまを考える」は、8人のシンポジストで、「医師の立場から」(足立誠司 鳥取市立病院診療局長/地域医療総合支援センター長/鳥取市福祉部参与)、「歯科医師の立場から」(國竹洋輔 くにたけ歯科クリニック院長)、「薬剤師の立場から」(徳吉淳一 鳥取県薬剤師会理事)、「栄養士の立場から」(牧山嘉見 鳥取大学医学部附属病院 栄養管理部 副栄養管理部長)、「訪問看護の立場から」(石橋佐智子 医療法人同愛会 訪問看護ステーション博愛 看護師長・管理者)、「介護支援専門員の立場から」(池田伸夫 北栄町福祉課地域包括支援センター長)、「住民の立場から」(田邉忠雄 米子市和田町連合自治会長)、「行政の立場から」(小椋善文 米子市福祉保健部長寿社会課 担当課長補佐)で行われた。 筆者は、座長:那須保友 国立大学法人 岡山大学 理事・副学長のもと 特別講演「人生のversion upの邂逅〜ドリーム & ビジョン〜」の機会が与えられた。懇親会は今後の方向性で盛り上がった。 日曜日の午後は、筆者は、講演『〜 世界に広がるガン哲学 〜「ガン哲学 〜 種をまく人」』 (上尾使徒教会 に於いて)の機会が与えられた(添付)。

第61回『一億本の向日葵』 ~ただただ生きたいいのち~

第61回『一億本の向日葵』

~ただただ生きたいいのち~

今日は長野県大町保健事務所主催の「北アルプス地域におけるがん対策推進のための講演会」の演者として北アルプス医療センターあづみ病院の病院祭でお話させて頂きました。大町保健事務所の皆さまにこのような機会を頂けたことを心から感謝しております。

初めての講演ということもあり、自分ががん哲学の活動を通して何を感じてきたのかをじっくりと考える機会になりました。私は樋野先生が提唱されるがん哲学に私の持つ問いへの答えを見つけに出かけました。その問いは「なぜ私はがんが分かった時に、落ち込むこと悲しむことがなかったのか」です。私は現実を受け止められていないのか、家族への思いが足りないのか、自分の生への思いが薄いのか・・・。何かがおかしい。その答えが知りたいとずっと思っていました。見えそうで見えない。掴めそうで掴めない。それを行ったり来たりしながら過ごしていました。きれいに晴れた今日、北アルプスと並行して車を走らせあづみ病院へと向かう途中に、ハッとあることに気が付きました。

この地域の方にとって身近なもので哲学的要素が入るもの=農作物(いのち)を扱う農業。植物の成長にも様々な学びが存在しているはずで、樋野先生は顕微鏡を通して診たがん細胞の世界から哲学的な学びを得ているのと共通する部分がある思ったのです。ではなぜそれが、私が落ち込まないことに繋がるのか。それはいのちというキーワードの捉え方によるものなのです。私にとってがん細胞も一つのいのち。「がん細胞である自分が母体となる人の体に悪影響を及ぼし、その後共にいのちを終える可能性を知らないがゆえに、ただただ今を懸命に無邪気に生きているいのちである。あなたのいのちを私が生きるために犠牲にすることを許してほしい。」そんな風に思っていた自分に気が付きました。周りの人たちのがん細胞に対しても、「おとなしくしていてね。私の大切な人を苦しめないでね」と思っています。農業においての害虫や害獣も、ただただ生きたいいのちなんだ、自分が及ぼす影響に気付くことができないのだと思うと、敵対の気持ちが和らぎます。樋野先生ががん哲学の中で、がんの知恵に対する敬意を書かれていたのを読んで救われた気持ちになったのは、それゆえの事でした。これを自分の言葉として話すことはとても勇気のいることでしたが、お話することで私の胸にもスッと落ちていくのを感じました。

講演後、車の鍵や財布、携帯電話など大切な荷物を載せた自分の車にロックがかかってしまうというハプニングに見舞われましたが、あづみ病院の親切な看護師さんに助けて頂き、できてしまった3時間の空き時間を利用し病院祭を見学し、カフェでたまたま隣同士になった笑顔のすてきな初老の女性と海や川での魚取りやおもしろ川柳などの話をして、有意義な時間を過ごしました。360度素晴らしい景色が広がるあづみ病院はとてもとても温かい病院でした。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第63回『心に咲く花』南原繁 生誕130周年 〜 人生は 不思議な 出会いの連続である 〜

第63回『心に咲く花』

南原繁 生誕130周年 〜 人生は 不思議な 出会いの連続である 〜

第16回 南原繁シンポジウム「今、南原繁を読む 〜 生誕130周年に寄せて〜」に出席した(添付)。筆者は 南原繁研究会 3代目代表として「開会あいさつ」を述べる機会が与えられた。筆者は南原繁(1889〜1974)に直接逢ったことのない世代である。筆者が 南原繁の名前を初めて知ったのは19歳の時、一人の先生に出会ったことによる。その先生は 東大法学部の学生として 南原繁から直接教わり、学徒出陣をし、戦後初の東大総長時代に卒業した人物である。南原繁の「歩き方」「話し方」「話の内容」に至るまで、人となりをよく聞かされたものである。「戦没学生にささぐ」(1946年3月20日),「戦没学生の遺産を嗣ぐもの 〜学徒出陣20周年を記念して 〜」(1963年12月1日)も読んだものである。南原繁の著作に親しんで 早、約45年にもなる。人生は 不思議な 出会いの連続である。

北海道大学創立125周年で、「クラーク博士」来日125年でもある 2001年に、北海道大学での記念シンポジウムで講演をする機会が与えられたのも不思議な巡り合せであった。「クラーク → 新渡戸稲造 → 南原繁」の流れである。「… いまや進歩した文明と大衆社会の時代において … まず同胞や社会に与える効果について考えやすい。そのために、自ら究めるべきをも究め尽くさないで、人類や大衆、いままた国家の名において呼びかけるものに、直ちに凭よりかかる傾向がある。…」(1968年;南原繁)。昔(かつて)読んだ文章が妙に現実昧を帯びて追ってくる今日この頃である。「何かをなす(to do)の前に何かである(to be)ということをまず考えよということが(新渡戸)先生の一番大事な考えであったと思います」と語り、「日本の将来の命運」をかけて「なすべきことをなそう」と「洞窟」から出ていった南原繁の「練られた品性」を静思して学ぶべき時ではなかろうか。まさに「魂を揺さぶる言葉」を語る「洞窟の哲人」出でよ!

第60回『一億本の向日葵』 ~リセットボタン~

第60回『一億本の向日葵』

~リセットボタン~

私には年子の兄が一人います。兄が4月生まれ、私が3月生まれで年子と言ってもほぼ2歳違いの私たち兄弟ですが、私にとって兄はいつでもライバルのような存在でした。運動も勉強も、遊びも、私は「お兄ちゃんに負けてたまるか!」ととても負けん気の強い男勝りな少女でした。私が小学生だった頃「ファミリーコンピューター(通称ファミコン)」というテレビゲームが流行っており、私自身はそんなに興味はなかったのですが、兄に負けまいとゲーム対戦をして遊んでいました。でも、ゲーム好きの兄にはほぼ負けるのです。そんな時に私を救っていたのはエンジ色の「リセットボタン」でした。このボタンを押すと今までの対戦はリセットされ、この戦いはなかったことになり、私の負けも不確定になります。その度に兄は我慢していたのか、毎回ケンカになっていたのか、今は覚えていません。

「リセットボタン」

私は人生の中で何度か「リセットボタン」あったらいいのにな・・・と思ったことがありました。現実が自分の思うようにならなかった時や他人と自分を比べて落ち込んだ時に、自分の選択に後悔した時、ふとファミコンのエンジ色の「リセットボタン」を思い浮かべます。卑怯だと自分を責めながら・・・。

そんな私が32歳で乳がんという病を得た時、「救われた」という感情が湧いてきたのは自然なことなのかもしれません。とても不謹慎なのですが、それが私の正直な感情でした。なので、いいのか悪いのか分かりませんが、私の乳がん経験は悲しみや困惑ではなく、感謝の気持ちから始まっています。「救われた」と言っても、現実が救われたのではなく、救われたのは「心」でした。それから私は、子供が新しい出来事や言葉を吸収するように、日々出会う感動という自分の心の躍動を一つ一つ大切に吸収しています。そして、がん哲学の活動を通して出会う方々の心の躍動も喜びと共に吸収しています。最近では自分や出会ってきた方々のがん経験と触れ合い、病との出会いが個性を拓く可能性をも含んでいることを実感します。

樋野先生の言葉に処方箋は、“人生を終える時”のことを端に置いたり、見て見ぬふりをすることはありません。その瞬間まで拓き続ける個性の可能性に目を向けて、支えてくれる言葉がたくさんあります。樋野先生やがん哲学、がん哲学を通して繋がる皆さまの存在に心から感謝します。そして、エンジ色の「リセットボタン」をいつも胸に持っていた少し卑怯で弱々しい私にも、大切な出会いを作ってくれたことに感謝しています。

樋野先生のとても素敵な新刊『日めくり 人生を変える言葉の処方箋』(いのちのことば社フォレストブックス)が必要な方に届きますように♪

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第62『心に咲く花』『樋野動物園 と 愉快な仲間達』〜 緩和ケアの理念 〜

第62『心に咲く花』

『樋野動物園 と 愉快な仲間達』〜 緩和ケアの理念 〜

「第 29 回 がん哲学外来 新百合ヶ丘メデイカル・カフェ」に赴いた(添付)。筆者は、講演『種を蒔く 〜 言葉の処方箋 〜』と別室で、個人面談を行った。聖マリアンナ医科大学をはじめ 医師・看護師も参加されており、大変、有意義な時であった。思えば、2014年から開催されており、今回は、5周年記念でもある。

会場には、2014年3月23日(日)~ 28日(金)「カフェ in UK & 緩和ケアの祖を訪ねる旅 」に一緒に参加された方も、出席されていた。 St.Christopher‘s hospice と St.Joseph’s hospiceの 両ホスピスで 施設見学とセミナーに参加し、英国で初めてとなる「がん哲学カフェ」を、「Death Café」と共同で開催した。 St.Christopher’s hospice は、シシリー・ソンダースが 設立したホスピスで、”現代ホスピス“の発祥地と言われている。 St.Joseph’s hospiceは、ロンドン最古のホスピスのひとつで、モルヒネを がん患者に使用し 現在の緩和ケアが始まったとされている。近代医学において 緩和医療の重要性を 強く強調したとされ、現在の緩和ケアの理念を築いたとされる シシリー・ソンダース ゆかりのホスピスと、英国の患者会の集まり(Death Café)との交流を目的としたツアーであった。本当に、懐かしい想いである。 今回、鮮明に蘇って来た。

鎌倉での講演『種を蒔く人 〜 楕円形の心 〜」に 招待され、wifeと参上する(鎌倉雪ノ下教会に於いて;添付)。この度、『樋野動物園 と 愉快な仲間達』のポスターが、作成された(添付)。驚きである。「ちびまる子(彦田)」、「ゴリラ 🦍(森)」、「パンダ 🐼(齋藤)」、「サル 🐒(高山)」、そして、筆者は、「園長 サラブレッド 🐎」とのことである。皆さんの 「ユーモア と 胆力 と 心意気」には、本当に 圧倒される日々である。大いなる感動でもある。駅構内、病院などに、ポスターが掲示されれば、歴史的快挙となろう!

第59回『一億本の向日葵』~メディカルヴィレッジには~

第59回『一億本の向日葵』

~メディカルヴィレッジには~

10月19日㈯長野県小諸市文化センターで開催された「第2回日本メディカルヴィレッジ学会in小諸」に参加させて頂きました。台風により交通事情が不安定な中でしたが、小諸市の市民の方々だけでなく、様々な地域の方々が会場に足を運ばれていました。がんと共に地域で生きることを支える制度や機関での取り組み、複数のがんを経験された方の体験談など、多角的な視点が盛り込まれていました。長野県という地域は全国的に見て訪問看護の受け皿が多く、自宅で自分らしい最期を迎えたいと思う人にとって恵まれた地域であることも知りました。シンポジストの方々の日々の取り組みは、がんと共に生きる人全般に向けられているようで、目の前にいる“あなた”というがんと生きる一人のかけがえのない存在に向けられていることを深く実感しました。学会の締めくくりは樋野先生のご講演でした。会場からは熱心なまなざしと時々起こる笑い声で包まれました。

樋野先生はご講演の中で、大学の講義で寝ている学生についてお話されました。「ドリームとヴィジョンがなければ人は寝るよ!」もしかして会場でウトウトされていた方もいらっしゃるのか!会場は笑いに包まれました。ドリームやヴィジョンは、その人の「今」の在り方に大きく影響するということ、メディカルヴィレッジを生きた「村」にするには、ドリームとヴィジョンが必要だという学びになりました。社会、個人がそれぞれにドリームやヴィジョンを持つこと。自分らしい生き方・死に方には、自分自身がドリームやヴィジョンを描くこと、それを言葉にする、表現することが大切です。豊富な受け皿もドリームやヴィジョンに沿って、必要に応じて活用されることが本来の役割だと思います。貴重な体験談を語って下さった当事者の油井早苗さんが手術の際に医師から「~どうしますか?」と最終決断を促された時、「手術をするかしないかを私が決めなきゃいけないの!」と初めて自分で学ぶ必要を感じたとお話して下さいました。自分の病や治療に関することだけでなく、自分が何を大切にしたいのか、自分がどんなことを思っているのか、自分がどう生きたいのか、どう死にたいのかを静思する時間と支えてくれる人への情報共有が、メディカルヴィレッジをより人間らしい場所にしてくれると思いました。

素晴らしい時間をありがとうございました♪

ひまわり担当🌻齋藤智恵美