第48回『心に咲く花』水源 →本流 〜 MISSION(使命)としての人生 〜

第48回『心に咲く花』

水源 →本流 〜 MISSION(使命)としての人生 〜

金城学院学院長、淀川キリスト教病院 名誉ホスピス長「柏木哲夫氏が語る樋野興夫氏の魅力」ライフラインhttp://www.youtube.com/watch?v=icbE9IBqZPE&feature=share&list=UU7gHGm_2lodH3RobkoC5bTQ )が、送られてきた。筆者の「読書遍歴・消化力」と「病理学者 と がん哲学外来の不思議な関係性」について、語ってくださっている。大いに感動した。ただただ 感謝である。思えば、柏木哲夫 先生とは、『使命を 生きる ということ 〜 真のホスピス緩和ケアと がん哲学外来からのメッセージ 〜』(柏木哲夫・樋野興夫 共著、春海社発行 2012年)を出版した。「まえがき」には「川には必ず水源がある。かなり大きい川でも、水源をたどれば、山間のわき水であったりする。わき水が集まり、流れは次第に川らしくなり、本流ができる。さらに川幅が広くなり、時には小さな支流をつくりながら、主流は大きな流れとなって海に注ぐ。ホスピス緩和ケアとがん哲学外来は主流ではないが、本流であろうと思っている。」と記述されている。「MISSION(使命)としての人生を感ずるとき」と紹介されている。本当に、筆者の生涯の記念本でもある。

国立障害者リハビリテーションセンター 学院 リハビリテーション体育学科で、「病理学」の授業に、赴いた。生徒との 楽しい対話の充実した、時であった。「人間学の学び = がん教育」の時ともなった。「ちびまる子ちゃん」= 彦田かな子 様:『種を蒔く人になりなさい』の46ページに登場(いのちのことば社 発行)&「犬のおまわりさん」= 齋藤智恵美 様:『種を蒔く人になりなさい』の154ページに登場(いのちのことば社 発行)の、インタビュー『親子で学ぶ がん哲学のレッスン』(仮)が、さりげなく、水面下で、進められているようである。出版が実現すれば、月面着陸と同じレベルの歴史的快挙となろう。「犬のおまわりさん」が、記載されている 福井新聞の『越山若水』(2019年7月15日号)が 送られてきた(添付)。まさに、「MISSION(使命)としての人生を感ずるとき」である。

週末、三浦海岸で、講演・がん哲学外来である(添付)。既に、多数の参加者の申し込みがある との連絡を頂いた。驚きである。

第46回『心に咲く花』本物の見方 〜 心優しく、俯瞰的な大局観 ~

第46回『心に咲く花』

本物の見方 〜 心優しく、俯瞰的な大局観 ~

筆者が理事を務める東京女子大(杉並区)に招かれ、午前中、学生にメッセージ『種を蒔く人になりなさい』(マタイ13章24-32節)をする機会が与えられた。講堂は、多数の聴講者であった。大いに感激した。筆者は、『「種を蒔く人」、「良い麦と毒麦」、「からし種」』の「たとえ話」を さりげなくした。『良い麦も いっしょに 抜き取る かもしれない。だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい』とは、我々には、「本当に 毒麦か、良い麦か、今は分からない」ということであろう。さらに、「レッテルを貼られていた人でも、変わる可能性」があるということであろう。まさに、「本物の見方と 他人を切り捨てない 生きた姿」の学びである。 『「からし種」は 直径1~2ミリの小さな種ですが、成長すると 高さが3~4メートルになる』とのことである。「初めは小さくても、やがて 信じられないほどの大きなものになる」ということであろう。「現実を見る 見方を変える」ことは、教育の原点・理念であり、現代の時代的要請であろう。

午後は、関東学院大学(金沢八景のキャンパスに於いて)で講演『がん哲学外来の役割 〜 種を蒔く 〜』をする機会が、与えられた(添付)。教室には、学院長、教職員、看護学部の学生をはじめ、夏休み中のアメリカの大学生、市民も参加され、多数の聴講者であった。大いに感動した。「関東学院大学の学生と教職員のために 金沢八景までお越しいただき 心より感謝いたします。」、『ご講演の中で 興味深い幾つものお話しに 目を開かれる思いを いたしました。特に「偉大なるお節介症候群 項目(10ケ条)の 9)「冗談を実現する胆力」~ sense of humorの勧め~と 10)「ユーモアに溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観ある人物」に共鳴いたしました。なぜなら、自分が この30数年そのように生きたい、と人生の目標にしてきたことだったからです。』、『「がん哲学」のカリキュラム、「がん哲学外来カフェ」の、本学での開設を祈ります。後者については、昨日の受講生の中の 3人の看護学部の学生に パイオニアになるように励ましています。』、「今日は 若い学生さんが多く参加され、何となく楽しい雰囲気の中でのご講演でした。楽しく、しかも めったに聞けない面白いお話し ありがとうございました。」、 「看護学部の学生、そして、近隣の方々に励ましとなるご講演をいただきまして、まことにありがとうございました。」と 早速、多数の励ましのコメントを頂いた。また、アメリカの学生からは、「Thank you so much! I really enjoyed your lecture.」の真摯なメールを頂いた。涙無くして語れない!東京女子大ー>関東学院大学と 充実した、忘れ得ぬ想い出の1日となった。

映画上映会&シンポジウムを開催致します!

8月11日山の日に、松本市Mウィングにてドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』上映会&シンポジウム~病気であっても病気でない生き方を支える~を開催致します。暑い中ではございますが、ぜひ皆さまのご参加をお待ちしております!

お申込みはこちらから

第45回『一億本の向日葵』~いつでも一億本の向日葵は咲いている~

第45回『一億本の向日葵』

~いつでも一億本の向日葵は咲いている~

先週末は、川越での「がん哲学外来コーディネーター養成講座」に、松本がん哲学みずたまカフェに集う数名の方々と一緒に参加しました。一年目は、右も左も良く分からない状態で飛び込んだ神戸大会。二年目は大雨の中、車で向かった富山大会。そして、三年目は仲間と共に参加できた川越大会。夢中で走っていたら、もう三回目だった!というのが、正直な感想です。今までも、今も、これからも、自分や大切な人、患者さんの「生と死」に向き合い、その近くで自分にどんな在り方ができるのか、いかに生きることができるのかを真剣に考える人々が集まった会場には、熱気と共に、深く深く静かに流れる信頼感があります。だからこそ、安心して話ができ、すぐに答えのでない深いテーマにも臆することなく踏み込んで行けるのだと思います。樋野先生が作りあげて来られた「がん哲学」という大きな大きな空っぽの器には、本当にのびのびとした自由で広い空間があります。多様性があります。ひしめき合う狭い空間の中では、個性という花が咲いたとしても、ぶつかり合ってしまったり、埋もれてしまったりするかもしれません。しかし、「がん哲学」を通して出会う方々の輪は、誰を邪魔することなく、美しいコントラストを保ちながら、それぞれの個性的な花を咲かせています。

私は少し前まで、カフェの活動の中で「一億本の向日葵」=「一人一人の花」を咲かせるにはどうしたらいいのだろうと考えていました。そこには種や小さな苗のような弱々しい姿が想像されますが、それに対してずっと違和感を感じていました。「もうすでに個性という花が咲いている。しかも一本一本力強く…。」これが最近の体感です。カフェの中で語られるそれぞれのがんとの向き合い方、それぞれの生き方は、全てが本当に個性的です。一見、今は前を向けない弱々しい状態に見えたとしても、不安や悩みが言葉として表現され、上澄みが綺麗になっていくと、自然と力強く、個性的な本来の姿が浮き上がってきます。その変化を受け入れることが、カフェの大事な役割だと感じています。変化することは時に、受け入れられないかもしれないという不安や怖さを伴います。「がん哲学」の空っぽの器が、一対一だけでなく、複数の人が集まる空間の中で、変化が許されている広く頑丈な場所であることは、大きな役割のひとつです。一億本の向日葵にとっての肥えた畑のようなカフェが増えたらいいな…と思います。樋野先生がとても個性的であるように、それぞれのカフェも独自の個性を育て続けています。今後、遥か上空から見た時に、がん哲学が作り出した景色がどのように見えるのか、とても興味をそそられます。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第47回『心に咲く花』「相手を思いやる心」 〜 「自分のことで悩むな」 ~

第47回『心に咲く花』

「相手を思いやる心」 〜 「自分のことで悩むな」 ~

新潟県健康づくり財団の 常務理事(事務局長)、総務課担当者の御2人が、来訪された。第36回 がん征圧新潟県大会の市民公開講座での特別講義「がん哲学外来 〜 ことばの処方箋 〜」(2019年10月9日)を依頼された。御2人の、真摯な態度と、熱意には、感動した。早速、講演の要旨{2005年、クボタショックの年、順天堂医院で、「アスベスト・中皮腫 外来」開設する機会が与えられた。そして、2008年、順天堂医院で、「がん哲学外来」が始まった。『がん哲学=生物学の法則+人間学の法則』の理念は、「がん細胞で起こることは、人間社会にも起こる」の学習である。「がん哲学外来」とは、『対話』。約1時間の対話で患者さんの悩みを『解消』するアプローチ。がんにまつわる治療の不安から 人間関係の悩みまで、あらゆる相談に「対話」で答える手法を行う外来。『“がん”も単なる個性 〜 患者さんに寄り添い、対話を 〜』を実践し、「相手を思いやる心」、「患者に対する慈愛の心」の姿勢を貫いて『純度の高い専門性と社会的包容力 〜 病気であっても、病人ではない 〜』社会構築を目指すものである。各地域で開始され、現在、全国で、約170箇所で、開設されている (新刊『楕円形の心 〜 がん哲学エッセンス 〜』、『種を蒔く人に なりなさい』参照) }を お伝えした。壮大な、堂々と流れる信濃川が、彷彿された。 <がん哲学外来> 第86回お茶の水メデイカル・カフェに向かった(添付)。約80名の参加者と、多数の個人面談もあり、大変貴重な場となった。 早速、「本日も 先生のお言葉を頂き、有難うございました。特に、『本当の教育とは、「自分のことで悩むな」と教えること』印象に残りました。」と勇気づけられるメールを頂いた。まさに、「価値の再確認」であろう。終了後、スタッフの皆様と、隣接のレストランで、有意義なカフェ タイムを持った。本当に、楽しい一時を過ごした。「異なる者と ともに語る」の訓練ともなろう。明日は、講演「親子で考えるがん教育 〜 もしも、大切な人が がんになった時 〜」(野田市川間公民館 に於いて)(添付)である。


第44回『一億本の向日葵』~探求し続けられるものとの出会い~

第44回『一億本の向日葵』

~探求し続けられるものとの出会い~

「がん哲学」に出会い約二年半、メディカル・カフェを始めて丸二年が経ちました。がん哲学や樋野興夫先生に出会ったたくさんの方が、自分の気持ちや考え方を少しずつ変えて、人生を変化さているのを感じています。私自身も乳がんの罹患に対し、「このがんとの出会いは、人生にどんな投げかけをしているんだろう?」と、ああだ、こうだと考えるのが好きでしたが、がん哲学と出会い、樋野先生との出会いで、それがより実践的に、具体的なものに変化しました。メディカル・カフェの場は、共に感じ、共に考え、自らの力を取り戻していく実践の場所です。そして、カフェを主宰する立場になり学んだことは、がんからの投げかけは“ to do ”ではなく、“ to be ”であることでした。私は、自分の中に明るい自分もいれば、暗い自分もいます。頼もしい自分もいれば、頼りない自分もいます。いい人であったり、嫌な人であったりします。そういった色々な自分の姿を掴みながら、“ to be ”を問うていく作業をしています。樋野先生が、『アルプスの少女ハイジ』や『いぬのおまわりさん』を例に出して、お話をして下さいますが、それは彼らの“ to be = 在り方”に大きな学びあるからだと思います。そして、その学びには決して終わりはなく、人生を終えるその日まで続きます。どんなに安定した代わり映えしない日々であったとしても、全く同じ日はありません。一日一日の在り方や選択が、きっと人生に大きな変化をもたらすのだと感じています。

 どこかで人生には良い答えではなく、良い問いを持つことが大切だと聞きましたが、がん哲学は「答え探し」の場ではなく、「大事な問い」探しの場です。そして、「大事な問い」は誰も代わりには見つけてくれませんので、受け身の姿勢ではいられないのです。だからこそ、次への一歩の礎になるのだと思います。そういった場作りに携われることは、私にとってもとても大きなものです。探求し続けられるものとの出会いは、がん哲学との出会いでした。

樋野先生がボソボソと小さな声で語られる“言葉の処方箋”には、ノリのいい音楽のような気持ちを高揚させる要素はありません。しかし、そこには見たり、触れたりできなくても、種火となるような何かが確かにあるようには感じます。そして、どこまでも学び続け、自由であり続ける“樋野興夫”先生の姿があります。きっとその姿に多くの人は惹きつけられるのではないかな・・・と私は思っています。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第43回『一億本の向日葵』~自分と二人きり~

第43回『一億本の向日葵』

~自分と二人きり~

数日前、私は車で40分程離れたところで一人暮らしをしている祖母を訪ねました。忙しさに気を取られていた私は、祖母と2か月ぶりの再会となりました。二人でドライブをし、お昼を食べ、食品や日用品の買い物を手伝いました。ずっと元気で過ごしていたとはいえ、気付けば86歳になっていた祖母。ドライブをしながら「なかなか会いに来れなくてごめんね。」と伝えると、「ちーちゃん(私)やお母さん(私の母)が来てくれるから嬉しいよ。」と優しい笑顔で答えてくれるのでした。少し小さくなった祖母からの優しい言葉を聞いて、きゅーっと喉の奥が詰まり、涙が溢れました。それを何とかごまかしながら、私は祖母を送り届け、いつものように「また来るね!」と車から手を振って祖母の家を後にしました。それから3日後、祖母はたまたま来ていた電気屋さんの前で倒れ、救急車で病院に運ばれたと連絡を受けました。現在も命を繋いでくれている祖母ですが、意識はありません。晩年になって、祖父(夫)叔父(息子)を不慮の事故で突然亡くし、一人暮らしとなった祖母ですが、私たち離れて暮らす家族に寂しさや愚痴を漏らすこともなく、私たちを励まし続ける強い人でした。私が息子の事で悩んでいても、「心配しなくても、しゅんちゃん(ひ孫)は大丈夫だよ」といつも励ましてくれるのでした。家主が不在の寂し気な祖母の家。ダイニングテーブルの端には、いつも置いてある書類箱と家計簿、そろばん。でも、そこにはいつもは置いていない祖母の手書きのノート、手紙がありました。その中には家族への感謝、先立った家族との心の中の対話、一人で過ごすことの寂しさ、お別れの言葉などが、時に涙と共に、時にユーモアと共に書かれていました。まるで息をしているかのように生命が宿ったその文章には、祖母や母、妻、という役割を超えた祖母の姿がありました。「なんでもう少し甘えてくれなかったの?」という悔しさや寂しさと共に、嗚咽しながら何度も何度も読み返しました。しかし、私は最後の一文で私はグッと肚の底に力を込めることになりました。

「今まで私という人間に付き合って生きてくれて、本当にご苦労様でした!博美君」

祖母の名前は博美。祖母は自分自身にもお別れを告げていました。いつ書かれたものなのかは分かりませんが、きっと最近のものでしょう。元々さっぱりとした性格の持ち主ですが、ここまではっきり書かれていたことにとても驚きました。この命の行方は、祖母にお任せし、見守るしかないと思っています。

どうしても分かち合えない悲しみや寂しさを感じた時、祖母は自分と二人きりで対話をしていたようです。自分との付き合いを終えて肉体を離れていこうとする時、自分と二人きりの世界がそこにはあるのかもしれません。そして、私は私から見えている「誰か」の姿はその人のただ一つの側面であることを、改めて考えさせられています。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第45回『心に咲く花』「もっと わくわくする 明日へ」〜 深い出会いがある、短いフレーズ ~

第45回『心に咲く花』

「もっと わくわくする 明日へ」〜 深い出会いがある、短いフレーズ ~

文京区の金富小学校の6年生の授業「がん教育」の機会が与えられた。「もっと わくわくする 明日へ ~ 自分への挑戦 ~」の教育理念で、教育目標の実現に向けて進んでおられる 校長:山田 晴康 先生の真摯な姿勢には感動した。

『もっと』・・・・・現状より、少しでも上を目指していく意欲
『わくわく』・・・・学習・生活・友達や教師等とのかかわりの楽しさや喜び
          自分を向上させることへの前向きさ
          自分が認められる喜び
『明日へ』・・・・・登校が待ち遠しい魅力ある学校へ
『自分への挑戦』・・少しでも前に進むためのベースとなるキーワード
          創造、努力、協力、継続、辛抱

が、掲げられている。「子どもたちと おうちの方々との 共通の話題となったことと思います。今後は、保健の授業等と関連させて、指導してまいります。」との温かい、励ましのコメントを頂いた。多数の質問もあり、大変有意義な時であった。いつか、生徒には、大いなる夢・visionが生まれることであろう。筆者の出雲市大社町の鵜鷺小学校6年生の風景が、鮮明に蘇ってきた。 『「がん哲学外来@川越のぞみカフェ 開設4周年記念 シンポジウム〜「空っぽの器」のふ・し・ぎ〜」』に赴いた(川越のぞみ教会 に於いて)。講演後は、個人面談を行い、終了後は、皆様との 語らいの場に合流した。「尊い講演および交わりに 改めてこの働きの大切さを 思わされました。重要な人物との出会い、その著作との人生にわたる交流、短いフレーズであっても、背後に深い経験や出会いがあり、時間をかけて味わう言葉の力、――、しかも他者と共有できる喜びがあること を実感させていただきました。さらに、こうした働きが そもそも古代から現代にいたるまで、脈々と継続されてきていることに 驚きを感じました。― 先生の基本姿勢を 見させていただきました。真の意味で、来られた方の人格を尊重する こうした姿勢を さらに学びたいと願っております。」との 大変貴重なメールを 牧師:西岡 義行 先生から頂いた。

第42回『一億本の向日葵』~笑顔の価値~

第42回『一億本の向日葵』

~笑顔の価値~

「笑顔」はとても身近な言葉です。コミュニケーションの入り口として、多くの人が「笑顔」を活用していると思いますし、もちろん私もよほどのことがない限り、笑顔でご挨拶をさせて頂いています。お互いに気持ちよく話ができ、コミュニケーションもスムーズです。ファーストフード店のテレビコマーシャルで、「スマイルは0円」というようなキャッチフレーズがありましたが、それほどまでに笑顔は私たちにとって大きな役割があるようです。コミュニケーションに活用される笑顔とは別に、私たちは笑顔になることがあります。それは、嬉しいこと、楽しいこと、かわいいもの、興味を惹かれるものなど、自分の「快」に接した時に現れる笑顔です。これこそ“屈託のない”と表現される笑顔なのだと思います。内容自体には興味のないお話だったとしても、話している人があまりにも楽しそうな表情・笑顔で話していたら、その喜びが伝わってきて、こちらも何だか嬉しくなります。「もらい笑い」がそのいい例です。樋野先生ががん哲学についてお話される時、そこには樋野先生の探求心や情熱、喜びがたくさん詰められており、それがこちらにも伝わってきます。だからこそ樋野先生の”チャウチャウ犬のような“表情は伝播し、周りの人を巻き込んでいくのだと思います。

 「笑顔の価値」。私の笑顔の価値はどうでしょう。皆さんの笑顔の価値はどこにあるのでしょうか。 「私からあなたへのプレゼント=誰かを安心させる為の笑顔」はきっと皆さんの日常の中に溢れていると思います。心遣いという優しさがたくさんあります。では、「私から私へ、そしてあなたへのプレゼント=自分の中から溢れだす喜びの笑顔」は・・・?喜びで溢れる笑顔が、大切な人へのプレゼントになるとしたら、その笑顔の価値は計り知れません。自分の笑顔の源になることが、周囲の人たちの笑顔の源にもなり、その笑顔が連鎖していくとしたら、一人一人の喜びや笑顔には大きな大きな価値があると思うのです。ガタガタのジャリ道の中から、きれいなビー玉を探すように、がんと共に生きる中に自分の喜びとなるものを見つけること、人生を「いばらの道にもかかわらず宴会」にする努力の積み重ねは、自分にしかできない大切なお仕事なのではないかと思います。人は体の力を失っていっても、誰かの力になりたい、誰かの笑顔を見たいと願うものだと思います。それが人間の根源的な欲求かもしれないと私は思います。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第44回『心に咲く花』Hope(希望)〜 種が蒔かれ、成長する 〜

第44回『心に咲く花』    

Hope(希望)〜 種が蒔かれ、成長する 〜

筆者は、2013年から理事を仰せつかっている「クラッシュ・ジャパン(CRASH
Japan)」
「Christian, Relief, Assistance, Support, Hope の頭文字
【CRASHクラッシュ】ジャパン(Japan)の理事会に出席した。「私たちは、2011 年3月11日に発生した未曽有の東日本大震災の際には、被災地に5つのベー スを設置し、2700名を越えるボランティアを動員しました。世界中からのボランティアたちが、清掃作業、物資の配布、建物の復旧作業、被災者への傾聴、 作物の栽培、クラフトやアート、コンサート、チラシの配布、モバイルカフェ などに携わりました。私たちは、東日本大震災以後も日本各地で発生したさま ざまな災害発生の際には、― ボランティア派遣、ボランティアセンターの運 営、ボランティアケアなどの支援をしてきました。」とHPに謳われている。

地震国の日本に於いては、「先憂後楽」の精神で「準備」は、大切であろう。 今日は、「吉田富三記念 福島がん哲学外来 10周年記念」市民公開講演会(福島県立図書館に於いて)で、講演「がん哲学外来開設 10年を振り返って」の機会が与えられた。筆者は、2009年から毎月、福島県立医大での「がん哲学外来」に赴いている。2011年3月だけは、新幹線が不通になり、中止になったことが鮮明に蘇ってきた。昨夜、知人から「新宿東口の紀伊国屋を訪れた際、先生のコーナーがありましたので写真を取っておきました。」(添付)と連絡を頂いた。驚きである。まさに「種が蒔かれ、成長する」の実践ではなかろうか!