第68回「心に咲く花会」『空っぽの器』三姉妹 〜 『代表的日本人』 〜

第68回「心に咲く花会」

『空っぽの器』三姉妹 〜 『代表的日本人』 〜

{『がんになって見つけたこと』(添付)に、ちびまる子・ゴリラ・パンダの写真がさりげなく載ってました。「空っぽの器」チームの良き思い出になりました。} との嬉しい知らせを頂いた。筆者の特別インタビュー『いい人生だったか、悪い人生だったかは、最後の5年間で決まる』が掲載されていた。第1章「患者・家族のためのピアサポート」、第2章「がんをきっかけに起業する」、第3章「がんになっても自分らしく」である。「シャチホコ記念 がん哲学外来メディカルカフェ」代表 彦田かな子氏 、「目白がん哲学外来カフェ」代表 森尚子氏 、「松本がん哲学みずたまカフェ」代表 齋藤智恵美氏 も 登場されていた。まさに、「『空っぽの器』三姉妹もさり気ない登場でしたね(笑)」である。

武蔵野大学(東京都西東京市)の看護学部の「病理学」の講義に、出講する。今回は、「再生と修復」のテーマである。週末の午前中は、早稲田大学エクステンションセンターでの、講座『がんと生きる哲学 ― 医師との対話を通して「がん」と生きる方法を考える ―』である。午後は、『To be café がん哲学外来メディカルカフェ@川越での講演「樋野興夫師 講演会」』を依頼された。『「病気であっても、病人ではない」患者さんやそのご家族など、それぞれの立場で安心して自分のことを話せる機会です。お茶とお菓子を用意してお待ちしています。』と紹介されていた(添付)。日曜日の午後は「東久留米がん哲学外来」―>読書会で、今回は『代表的日本人』(内村鑑三著)である。

第66回『一億本の向日葵』 ~「デスカフェ信州」に参加して~

第66回『一億本の向日葵』

~「デスカフェ信州」に参加して~

12月6日㈮の朝、私の住む松本市も薄っすら雪景色となりました。学校に一番早く登校したい!という小学1年生の息子は、雪が降るまだ薄暗い朝の6時半に、元気に登校していきました。北海道に住む義姉が、甥っ子が小学校低学年の頃、「なぜか毎朝早く出て、しかもダッシュで登校するんだよ(笑)!」と言っていたのを思い出して、同じだなぁ~男の子は面白いなと思う今日この頃です。

先週の日曜日、私は松本市内で開催された「デスカフェ信州」に参加させて頂きました。みらい葬祭エンディングハウスあかりさん主催、グリーフケアの活動をされているケア集団ハートビートさん、信州大学医学部保健学科の山﨑浩司先生を中心に、信州大学、長野大学、松本短大の学生さんによって運営された「デスカフェ」は、立場や年齢を越えてみんなが共通して持つ「生と死」について、【3つのテーマ①最期にどんなものを食べたいか②死のイメージ③どんな風に死を迎えたいか】を掲げ、語り合う活気ある空間でした。8割が学生さんという中ではありましたが、「死」をテーマに語り合うのに年齢の差は全く関係がなく、真っ直ぐな交流の時間を持つことができて、とても嬉しかったです。私は3つのテーマで「死」を考える中で、自分の思考が“誰かの死”と“自分の死”を行ったり来たりしていることに気が付きました。そして、私が普段考えている「死」の多くは、自分の死を除いたものであることにも気が付きました。自分の最期を想像していくと、ある段階で急に霞がかかり、分からなくなる。“自分の死”というのはとても掴みにくいものだと感じました。色々の方のお話を聴く中で、「死のイメージ」は今まで経験した誰かの死であったり、出会った本、テレビや映画で描かれる死によって作られ、普段触れることの少ない自分の死生観が静かに構築されているのだということを感じました。また、死後の世界についてもたくさんの事が語られました。本当のところは誰にも分からないのですが、その死後の世界のイメージが今生きている自分を安心させるのか、不安にさせるのか。自由にするのか、不自由にするのか。希望を生むのか、絶望を生むのか。改めて時間をとって考えてみたいと思いました。

言葉にしてみると、今まで気が付かなかった自分の想いや、大切していること、大切にしたいことが出てきます。それらが語られる時、それぞれの方の表情がとても柔らかく、優しくなります。

そういった時間を共有できることを幸せに思いました。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第65回『一億本の向日葵』~本当に大事なものは時間が経って思い出されるもの~

第65回『一億本の向日葵』

~本当に大事なものは時間が経って思い出されるもの~

向日葵が咲き誇る季節からだいぶ離れたこの季節。11月中旬になると、朝の車のフロントガラスには霜が降りています。北アルプスの山々も一度被った白い帽子を脱ぐことがなくなりました。この季節の冷え込みの強い朝は、視力が良くなったと思うほど、山の景色や空の色が鮮明に見えてとても綺麗です。

9月に鹿児島で受けた「いのちの授業」語り手講座以来、がん教育というキーワードが、常に私の頭の片隅にはありました。なぜ自分がそんなに興味関心を持つのか。そのエネルギーの出どころは自分でもよく分からないのですが、何となく「がん」というキーワードを通して、学校という教育の場において対等な対話の場が生まれるのではないか、と感じているからかもしれません。そんな想いを抱きつつ、11月29日に長野県教育委員会主催の「がん教育研修会」に参加させて頂きました。県内各地から集まられた学校の先生方と共に学び、グループワークで意見交換などもさせて頂きました。先生方からは日々の多忙な業務に加え、がん教育のような「○○教育」がどんどん追加される現場で、優先順位をつけて授業を行うことにとても苦労されているご様子が伺えました。そんな空気の中、少し肩身の狭い気持ちを抱えながらも、がん教育が子どもたちにどのように影響していくのか考える機会となりました。がん教育の中で学ぶ内容は、がんの予防や正しい知識、がん患者に対する理解、いのちの時間と向き合う心構え。予防ではコントロールできない部分も多い、私たちとがんとの関係の中で、例えがんになることがあっても、その人に責任はないこと、がんと共にその人らしく精一杯に生きることができること、悲しみだけではなく喜びも存在していること、多くの学びが存在すること、それぞれの人の存在そのものに価値があること。私の体験談を通して、子供たちに直に伝えられる機会に恵まれたら嬉しく思います。

30日㈯は月に一回の「松本がん哲学みずたまカフェ」を開催致しました。前の晩に息子と作ったスイートポテトをお茶菓子にして、語り合いました。久しぶりにご参加下さった方々のお顔を見られただけで満足してしまいそうになりますが、そこで語られる想いにやはり心打たれました。いのちを考えた時に、自分のいのちと自分以外のいのちでは、掴めている実感の度合いが違い、私は自分のいのちはとても掴みにくい存在のように感じています。カフェに参加して下さる方々のいのちを通して、自分のいのちの存在を掴んでいるのかもしれないな・・・とふと思いました。松本のカフェで時間を共有し、語り合う仲間がいることを深く感謝する時間となりました。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

メディカル・カフェ最新情報♪

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佐久ひとときカフェ

軽井沢あうんの家

八ヶ岳メディカル・カフェ

松本がん哲学みずたまカフェ

第67回「心に咲く花会」人生百貨店 〜 「個性と多様性」 〜

第67回「心に咲く花会」

人生百貨店 〜 「個性と多様性」 〜

2016年に出版された『がん哲学外来へ ようこそ』(新潮社 発行)(添付)が、この度 3刷 される 運びになった。本当に、驚きである。全国の各地のカフェ主催者のお陰でもある。「言葉の処方箋」の定着にも貢献であろうか!

『吉田富三記念 福島がん哲学外来』(福島県立医科大学附属病院 臨床腫瘍センター がん相談支援センター)に赴いた。大変有意義な個人面談であった。スタッフの「温かい おもてなし」には、毎回感動している。武蔵野大学(東京都 西東京市)の看護学部の「病理学」の講義にも、出講した。今回は、「細胞・組織とその障害」のテーマで授業を行った。週末は、早稲田大学エクステンションセンターでの、講座『がんと生きる哲学 ― 医師との対話を通して「がん」と生きる方法を考える ―』である。終了後は、『がん哲学外来 お茶の水メデイカル・カフェ in 0CC』(添付)である。さらに、「東久留米カラオケ大会 〜 人生百貨店 〜」に向かう。 まさに「個性と多様性」である。

茨城県 那珂市総合センターでの「がん哲学外来カフェ 開設記念」講演会で『本当に大切なこと』のテーマで講演を依頼された(添付)。『がん哲学外来へようこそ:患者さんが ご自身にとって最善の治療方法を選択し、尊厳のある人生を生き抜くためには、患者さんやご家族、医療スタッフなど それぞれの心のケアがとても重要です。― 患者さんや ご家族、がん治療経験者、医療スタッフ、ご遺族、ボランティアサポーターを交えて話し合う場です。』と紹介されている。『医療の「隙間」に誰か一人がいればいい』の実践であろう。

第64回『一億本の向日葵』~「誰かのために何かするといいね」のわけ~

第64回『一億本の向日葵』

~「誰かのために何かするといいね」のわけ~

この拙い文章を読んで下さる皆さま、いつもありがとうございます。絞り出しながらも、一所懸命に綴っております。私の中に溢れるほどの何か「書けるもの」があるわけではなく、毎回その源となるものを探し、確認しながら言葉として綴っている。言葉通り、絞り出す作業です(;’∀’)

個人面談やメディカル・カフェで、樋野先生から直々に「誰かのために何かするといいね~」と声をかけられた方がいらっしゃると思います。自分の事で精一杯なのに誰かの為なんて・・・と怯む気持ちにならないでもありません。もう少し元気になったら、もう少し十分になったら・・・と思う人もいると思います。私にもそんな気持ちがあります。実際に自分の事以外に時間を費やすことで、悩む時間や孤独な時間が減り、誰かの役に立てたという嬉しい気持ちも感じることができます。人は本来誰かの役に立ちたい生き物なのだということも実感します。

プラス×マイナス は マイナス

マイナス×マイナス は プラス

樋野先生のご講演を聴いたり、ご本を読んだことのある人はご存知だと思います。主観的な捉え方で違いはありますが、一般的に病や心の痛み、社会的な痛み、経済的な不安を抱える時、人は自分をマイナスだと感じるのだと思います。逆に健康で幸せで色々な面で満たされている時、人は自分をプラスだと感じるのでしょう。プラスの人がマイナスの人に接する時、自分の中にすでにあるものを与えようとすると思います。「あげる・与える」に近いのかもしれません。マイナスの人はそれを受け取り、一時的に少しプラスになる。しかし、自分がマイナスであることには変わりないことを実感することもあるでしょう。マイナスの人がマイナスの人に接する時、ないなりに自分の中にあるその人を力づける何かを必死に探して手渡します。その究極が「私には与えられるものは何もないけれど、あなたの力になりたい」という寄り添いの“想い”なのだと思いますが、それは自分以外の誰かという存在があって初めて引き出されるものであったりします。自分が痛みを抱える時、人の痛みに触れることを辛く感じてしまうこともあると思います。しかし、その辛さはただただ自分の中に返ってくる今までのような孤独な辛さではなく、寄り添うことに欠かせない想像力を養う、他者との繋がりを持った故の大切な辛さだと思えば、それも自分の引き出された力の一つになるのではないでしょうか。マイナス×マイナスの関係性は、双方向に働き、お互いの“何か”を引き出し、「ない」と思っていた自分の中の「ある」を見つけ出します。そうなれば、マイナスではなくプラスです。私が『一億本の向日葵』を書くときに、ない!と思っている自分を覆し、源を探り当て文字に起こしていく作業のように。マイナスのまま、病や痛みを抱えたまま、「誰かのために動く」時に生まれるのは、自己犠牲を伴う自己肯定の気持ちや「頑張ってるね」という承認ではなく、ないと思っていた自分本来の力や魅力です。辛さを抱えているからこそ、病を抱えているからこそ、マイナスだからこそ、「誰かのために何かやったらいいね」。その先に “あるがままの自分”への信頼が生まれるのかもしれないと思いました。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第66回『心に咲く花』 「沼田メデイカルビレッジ」構想 〜 愉快なテーマ 〜

第66回『心に咲く花』

「沼田メデイカルビレッジ」構想 〜 愉快なテーマ 〜

筆者は、群馬県の国立病院機構 沼田病院での「2019年 がん診療連携推進事業 第15回がん市民公開講座 〜 利根沼田地域のメデイカルビレッジを考える 〜」に赴いた(添付)。総合司会:星野まち子 副看護部長のもと、開会の辞:前村道生 病院長で始まり、来賓祝辞:林秀彦 沼田利根医師会副会長、そして、岩波弘太郎 総合診療部長の座長で、筆者は、第1部として、基調講演『医療の隙間を埋める、言葉の処方箋』の機会が与えられた。第2部は、根岸哲夫 副院長、竹内弘美 地域医療連携係長の座長で、シンポジウム『がんになっても安心して地域で 住み続けられるために知っておきたいこと』が企画され、前村道夫 病院長、小田充代 沼田市在宅介護支援センター ゆうゆう・うちだ 社会福祉/相談員、清水絵美 訪問看護ステーション まつかぜ 管理者、坂井輝男 沼田病院 地域包括ケア病棟看護部長、梅澤美里 沼田病院 緩和ケア認定看護師が講演された。 閉会の辞:古見薫 看護部長で、終了した。

終了後の懇親会では『「沼田メデイカルビレッジ」構想』で、大いに盛り上がった。 U ターン(沼田から都会に移住した人が、再び沼田に戻る)、I ターン(出身地とは違う沼田に移住)は、近未来の姿で「ドリーム & ビジョン」でもあろう。『「沼田メデイカルビレッジ」構想を考える会』の設立記念日ともなった。次回の「内村鑑三記念 メデイカルカフェ・沼田」(添付)のスッタフとの昼食会でも「沼田メデイカルビレッジ」は愉快なテーマとなろう。

特別寄稿シリーズ① 小口浩美さん(松本がん哲学みずたまカフェ)

10歳の君と~人生は不思議な出会いの連続である~の体感

(写真右下)いつも明るくカフェを支えて下さる小口浩美さん💛

みずたまカフェの齋藤智恵美さんと鹿児島弾丸ツアーをしたのは9月のことでした。

目的は「NPO法人ぴあサポートかごしま」が開催した「いのちの授業語り手講座」への参加でした。その「子どもたちのために、がんを教えるのではなくがん“で”教える…」いのちの授業でその講義で心を揺さぶられた私は、長野へ戻ってから熱にうなされたように、“がん教育”が頭の中から離れませんでした。
そこで私がとった行動は県教委の担当者に“会いに行く”ことでした。

長野県の現状が知りたいと思ったのです。

すると、この行動をきっかけに、パイロット校の公開授業や教育関係者へのセミナーなどへ参加させていただく機会を得て、扉はノックしてみるもんだなあと思っておりました。

そしてー。そこからの「人生は不思議な出会いの連続である」の体感です。

とある公開授業の見学を1週間後に控えたある日、県教委の担当者から外部講師の代打を打診されたのです。耳を疑いました。動揺しました。

聞けば、児童は「がん患者さんに聞きたいこと」を考え、すでに授業の準備をしてくれていると言います。

【大人の事情は子どもには関係ない】

そう思い、講師を引き受け私は児童の前に立ちました。

小学4年生 24人。48の瞳に十数人の見学者のセンセイ方に見つめられての講師デビューです。児童からの質問などキーワードを書いた大きなスケッチブックを持ち込み授業を展開しました。

授業がどうだったか?教育現場の大人の立場からはどうだったのかわかりません。
いたらないことが多かったはずです。

でも、嬉しかったことがあるのです。
クラスにはお父さんをがんで亡くしている〈配慮〉が必要だった児童がおりましたが
授業終了後その児童が廊下で私をつかまえてくれて、「お父さん がんで死んでるんだよ」と言いに来てくれたのです。

授業の目的に「健康な体をつくる意識を持たせたい」というテーマがあったので、私は授業の流れで夢を叶えるために健康なカラダを作ろう!と話しました。
そのとき、みんなの夢は? と聞いたところ、いちばん最初に手を挙げたのが配慮児童くんであり、その夢は「新幹線の運転手」だったのです。

そして、授業後の廊下で配慮児童くんは「お父さん新幹線の運転手だったんだよ
新幹線のレジェンドって言われてるんだよ」と誇らしげに話してくれました。


児童の家庭が見えたようで、私は彼を抱きしめたくなるのを我慢し背中に手をあてて
「話してくれてありがとう」と伝えました。

嬉しかったです
お母さんがご主人を亡くされたあと、どんなに大切に愛情を注いできたのか一瞬でわからせてもらえたようで感激しました。お父さんがいない淋しさは児童の夢となり、心の隙間を埋めてきたのではと思いました。

その後、担任に児童が話してくれたことを報告しましたら、お父さんの仕事は知らなかった。とおっしゃっていて外部講師だから引き出せることがある!と体感しました。

学校ではそっと心にしまっていたお父さんのこと。

帰宅後にお母さんとどんな話しをしたのでしょうか。お父さんへの誇りと自分の夢。
いつか、私は知らずに彼が運転する新幹線に乗っているかも知れません。

また、帰りが児童の下校時に重なりましたが授業をしたクラスの 女児が抱きつきにきてくれました。そんなこんなで初めての授業は落ち込みよりも、あったかい気持ちで帰宅の途につけました。

「人生は不思議な出会いの連続である」

10歳の君との出会いは、神さまからのご褒美だったのだと感じています。

がん教育に対して、ますます真摯に向き合っていこうと気持ちをあらたにしたできごとでした。

樋野動物園のリス ☆ 松本がん哲学みずたまカフェ 小口浩美

第63回『一億本の向日葵』 ~弱さは誰かを温める羽衣になる~

第63回『一億本の向日葵』

~弱さは誰かを温める羽衣になる~

今週は多面的に“がんと生きる”ことを考える機会に恵まれました。

樋野先生にご紹介頂き、7名と一匹のワンちゃんで訪れた長野県駒ケ根市にある「駒ヶ根パノラマ愛の家」。高台に位置し、目の前に広がる駒ヶ岳と、リンゴ畑に囲まれた長閑で静かな場所、そして今村都牧師やそこに集う方々の優しさや朗らかさに触れさせて頂きました。“がんと共に生きる人”が時に必要とする“静かに心と体を休め、息をつける場所”がそこにはあると感じました。張りつめた緊張の糸を緩めることを許される場所。「駒ヶ根パノラマ愛の家」の環境と時間を包み込む大きな空っぽの器を、がん哲学外来のメディカル・ヴィレッジの拠点として活用させて頂ける事に心から感動しました。早速3月20日㈮にメディカル・カフェの開設記念&映画上映会を開催することが決まり、春と共に喜びが届きそうです。

今週はその他に、高校におけるがん教育の授業にも参加させて頂きました。その授業は今まで見せて頂いたがん教育の授業とは違った形でとても興味深く感じられました。がんを取り巻く様々な人の立場から一つの立場を選び、そこから「がん」をテーマに探求していく授業でした。立場が違うことで「がん」見え方もまた違ってきますが、知識だけでなく、情報を集め、深く掘り下げて考える。それを共有することを通して持つことができる、自分のがん、大切な人のがん、社会の中のがんの視点は、生徒の皆さんが今後様々な形で「がん」と出会うことがあった時に生きてくるのではないかと感じました。また、これから様々な勉強をして、社会を創造していく生徒さんの多くが、この授業を通して、がんと共に生きる人を取り巻く社会的な問題や、がんの存在に対しての改善策を考えてくれている事をとても頼もしく思うことと同時に「助ける人」と「助けられる人」という垣根が見えてきました。

「助ける人」である時に、自分の痛みや弱さも許せる人でありますように。

「助けられる人」である時に、自分の強さを思い出せますように。

その役割はいつも入れ替わりを繰り返していること忘れませんように。

必死に隠そうとしているその痛みや弱さを開放した時、誰かを温める羽衣になる。そんな風景を目の当たりにして、自分の中にも、高校生の中にも、楕円形のこころが程よく育っていくことを願いました。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第65回「心に咲く花会」 「優しい おもてなし」 〜 これからの人生は天への贈り物 〜

第65回「心に咲く花会」

「優しい おもてなし」 〜 これからの人生は天への贈り物 〜

『高松宮妃癌研究基金 第50回記念国際シンポジム「がん研究とその成果が導く最適医療の新展開」」(パレスホテル東京 に於いて)に出席した。「純度の高い専門性」は、日々勉強である。「柏がん哲学外来」(柏地域医療連携センター に於いて)に出向いた(添付)。スタッフとの昼食会も、楽しいひと時であった。その後、「新宿東口がん哲学外来 三角形カフェ」(Svenson 新宿東口サロンに於いて)に参上した(添付)。筆者は講演の後、個人面談も行った。有意義な時であった。主催者の「温かい配慮」には、大いに感激した。

「早稲田大学 エクステンション センター」での講座『がんと生きる哲学 〜医師との対話を通して「がん」と生きる方法を考える 〜』に赴いた。テキストは、『楕円形のこころ がん哲学エッセンス』(春秋社)が、用いられた。今回は、「尊いいのち」(ページ22、23)、「ほんものの教え」(ページ224−27)を、受講者の皆様と、朗読しながら、意見の交流を行った。「新渡戸先生のもっとも大切な教えは、To doの前にTo beであった」(南原繁)、「純度が高くなければ、ものごとの本質は伝えられない」で、教室は大いに盛り上がった。終了後は、高校教師を定年退職され ご自宅で、開催されている「第2回モーツァルト記念 がん哲学カフェ in MSA横浜」に向かった(添付)。久しぶりにモーツァルトの曲を拝聴した。チラシには、「これまでの人生は天からの贈り物。これからの人生は天への贈り物。」が、紹介されていた(添付)。高橋ご夫妻の「優しい おもてなし」には、大いに感動した。