第104回「心に咲く花会」 ニューモア溢れる「堅忍不抜の精神」 〜 成就の要件 〜

第104回「心に咲く花会」

ニューモア溢れる「堅忍不抜の精神」 〜 成就の要件 〜

日本対がん協会の中村智志 氏から「大弥さんのお話を伺い、また東村山のカフェに参加して、地域のカフェの意義を再認識しました。 お茶の水のような大きなカフェの良さとも一味違う、少人数ゆえに実現できる世界がありますね。 東京・東村山で『がん哲学外来メディカル・カフェ』を主宰する大弥佳寿子さんが 乳がんと告知されたのは、1999年。夫と幼い息子2人と暮らしていた中東のカタール・ドーハでのことでした。 出国直前の検査では「異常なし」だったのになぜ? — 再発転移を経て21年。 フルコースの治療を受けながら、がんとの向き合い方が変わっていき、誰もが集えるカフェを開きます。 汲み取れることがいっぱいの物語はこちらです。」とのお知らせを頂いた。 大いに感動した。祝賀会を開きたいものである。

また、福井県済生会病院の宗本義則先生から、「本日、メデイカルカフェ10周年記念式典を おこないました。  コロナの影響で 大々的にはできませんでしたが、皆喜んでいました。 樋野先生のスライド、ニュースレター、-――などしました。 コロナがなければ 先生に福井まで来ていただこうと思っていましたが残念です。 福井新聞・日刊県民福井の2社の取材がきました。」との 心温まるメールを頂いた。 ニューモア溢れるニュースレターも送って頂いた(添付)。ただただ感服である。 今回、「事に就きては 脇目もせぬこと 堅忍不抜の精神は成就の要件」(新渡戸稲造)『「堅忍」は意志がきわめて強く、じっと堪え忍ぶこと。 我慢強いこと。「不抜」は固くて抜けない意。』が 鮮明に蘇ってきた。人生学びの連続である。

第103回「心に咲く花会」『ゴリラ・サル・パンダ症候群』 〜 温かく迎え入れる 〜

第103回「心に咲く花会」

『ゴリラ・サル・パンダ症候群』 〜 温かく迎え入れる 〜

今週も、順天堂大学で、120名の出席でZoom授業を行った。 前半の『病理学概論』(90分)では、今回は「感染症」、「腫瘍」のテーマの講義であった。先週のクラスの120名の「課題レーポ」も拝読した。 学生の真摯な態度と回答には、大いに感激した。 後半の『がん医療科学』(90分)では、『楕円形のこころ 〜 がん哲学エッセンス 〜』を 音読し質問を受けながら進めた。 最近の「安楽死」の話題も含め、人生に関する質問も多数あり、有意義であった。

国立リハビリテーション学院での『病理学』の授業に赴いた。 今回は、「感染症」、「炎症」、「腫瘍」のテーマであった。 学生の真摯な姿には、感動した。 卒業したら、障害者のリハビリの職業に就きたいとのことである。まさに、「訪れる人を 温かく迎え入れる」心構えの学習の時であった。

この度、『ゴリラ・サル・パンダ症候群』が、指定されたようである(添付)。「ゴリラ = 無頓着な程に大胆、サル = ハンサムウーマン、パンダ = 小さなことに 大きな愛をこめる」 とのことである。 大いに感動した。また、『三角形の「重心 = 信じる心(空っぽの器)・ 内心 = 自分を見つめる心(内側を支える)・ 外心 = 他者を見つめる心(外側を支える)」』 も 「ゴリラ🦍」から送られてきた(添付)。 まさに、「冗談を本気である胆力」で、「ユーモア(You more)の実践」であり、歴史的大事業となろう。

第100回『一億本の向日葵』~二つとしてない、同じ花~

第100回『一億本の向日葵』

~二つとしてない、同じ花~

約2年前の2018年9月に開設したこの「心に咲く花」会のHP。開設と同時に、始まった樋野興夫先生のブログ「心に咲く花会」、それを追いかけるように始めた「一億本の向日葵」もおかげさまで100回を迎えることができました。拙い文章を毎週の読んで下さった皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。「一億本の向日葵」のブログは今回で最終回とさせて頂きますが、一週間に一度、テーマを設けて一定量の文章を書くことは、私の鍛錬になったと同時に、感情や考え、価値観を文字という物質化する訓練になりました。「齋藤さんもブログを書いてみては?」ときっかけを下さった樋野興夫先生のお心遣いに深く感謝しております。

 がん哲学外来の活動に関わらせて頂き、松本がん哲学みずたまカフェを開設して、丸3年が経ちました。本当にたくさんの方に出会い、そして本当にたくさんの人生の物語を聴かせて頂いてきました。苦しい想いや悩みを吐き出したい、誰かに話を聴いてもらいたいという思いであっても、誰一人例外なく、いつも人生の物語は語られていました。悲しみも苦しみも、楽しみも喜びも、表現に使われる言葉は同じであっても皆さん全員少しずつ違っていました。時間や環境を共にしている私たちですが、自分の人生の物語を語れるのは、自分以外誰もいない・・・とつくづく感じます。そして、言葉にすることで、自分の人生の輪郭がくっきりしはじめ、誰かと比べることなどできないだけでなく、比べても意味のないことだとわかります。私たち一人一人が生きている今この時には、それだけとてつもない価値があり、掛けがえないものです。あなたの目を通して見える世界は、あなただけが語れるのです。心の花は、陰に隠れてひっそりと咲いているかもしれません。でも、あなたに見つけてもらうのをずっと心待ちにしています。ぜひあなたの心の目で見つけてあげてください。

 誰かの心に寄り添おうとする時、自分の心が置いてけぼりになることがあります。誰かの心に寄り添うように、自分の心にも寄り添うこと。そうすることで、それぞれの心に咲く花を見失わず、カラフルに彩られた世界を見ることができるのだと思います。美しい世界をいつでも思い出せますように。

みなさまの温かなまなざしに、心から感謝申し上げます。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第99回『一億本の向日葵』~久しぶりの再会と緩み~

第99回『一億本の向日葵』

~久しぶりの再会と緩み~

先日7月25日㈯は4か月ぶりに、公共の施設をお借りしての松本がん哲学みずたまカフェを開催致しました。人数制限や距離を保った形での会となりましたが、参加された方々の元気なお姿を拝見できたこと、近況を聞かせて頂けて、とても楽しい時間でした。普段利用している会場は、あがたの森文化会館という古い木造校舎を活用した施設なのですが、エアコンがないということもあり、夏場は別の会場をお借りしています。会場の雰囲気なども、メディカルカフェに作用しているなぁと感じることがあります。木造のお部屋に比べるとコンクリート造の建物は少し緊張感を生みやすいのですが、今回のカフェではそれがとてもいい方に作用しておりました。まさに、緊張が緩み、笑いが生まれるといった形で、最後にはみんなで声を出して笑っていました。「これはメディカルカフェ??」とツッコミを入れたくなるほど、話題はそれてはいたものの、これはこれでいいなぁと思いました。メディカルカフェを開催し始めて、丸3年が経ちましたが、ここにきて「緩むことの大切さ」をとても感じるようになりました。がんと診断を受け、その中の多くの方が自分の人生と向き合う機会を得ていると思います。治療に対しても、生き方に対しても、よく考え、真剣に向き合っていらっしゃいます。とても大切な時期や時間であることは言うまでもないのですが、それがまるでピーンと張りつめた糸のように感じられることもあります。真剣になればなるほど緊張が生まれやすく、余裕がなくなってしまいます。私もどちらかというと「真剣に考えているのだから放っておいてほしい」と緊張の中に身を置くタイプなのですが、そういった時はちょっとやそっとの事では、笑えなくなるという寂しさがありました。人が生きていく中で感じる幸福感は、チャレンジの中での達成感などもありますが、やはり多くは笑いや緩み、リラックスから生まれたものではないかなと思います。

油断してはいけない。特に治療中はそんな風に思ってしまうこともあります。ですが、人は緩むことでできる隙間があるからこそ、生きる活力や喜びを感じ、誰かからの愛情を受け取ることができるような気もします。私も以前はくだらないことで笑うことに苦手意識があったのですが、今はちっちゃなことでも笑える喜びを感じています。そして、そんな自分が愛おしくも思えます。コロナウィルスで緊張感が続いている時だからこそ、意識的に体と心を緩め、もっともっと自分の笑顔の種を拾い集めてほしいなと思います。

インターネットより画像をお借りしました。パンダちゃんの仁王立ち(笑)!

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第102回「心に咲く花会」『チャウチャウ症候群』 〜 「1)種を蒔く 2)ユーモア 3) 心の花」 〜

第102回「心に咲く花会」

『チャウチャウ症候群』 〜 「1)種を蒔く 2)ユーモア 3) 心の花」 〜

「スポーツの日」(7月24日)の朝、『がん哲学外来さいわいカフェ in 茨城・筑西』代表:海老澤 規子 氏から「今日は スポーツの日で 今年の初めには、一応 『いばらき チャウチャウ友の会 1周年記念 & がん哲学外来 さいわいカフェ 3周年記念シンポジウム』 を予定した日でした。 先生の予約を取った後 コロナ禍の渦中となり中止しましたので 何もない今日 我が家に チャウチャウ犬が やってきましたので 記念撮影写真カードを作りました」と 心温まる、心癒される絵葉書が送られてきた(添付)。 大いに感動した。

『チャウチャウ症候群』認定証が、発行される予感がする。 既に「樋野KANZO倶楽部/ 新渡戸稲造学校」発行で、『偉大なるお節介症候群』、『爆笑症候群』、『爆睡症候群』、『気がかり症候群』が、多数の方に授与されている。 実現したら、まさに、ユーモア(You more)の実践で、歴史的快挙となろう。

新刊『聖書とがん~「内なる敵」と「内なる人」~』が、出版される運びとなった。 第3部は、「心に咲く花」~ がんと共に生きる ~

  • 種を蒔く人
  • ユーモア(You more)の実践
  • 心の花

であり、毎週『心に咲く花』のブログを発信してくださり、ご自身もブログ『一億本の向日葵』を書かれている『松本がん哲学みずたまカフェ』 代表の齋藤智恵美 氏が 紹介されている。 乞うご期待である。まさに、齋藤智恵美 氏の3大特徴は、「1)種を蒔く 2)ユーモア 3) 心の花」 であろう!

第98回『一億本の向日葵』~自分だけのいのちの音~

第98回『一億本の向日葵』

~自分だけのいのちの音~

2014年の7月に乳がんの診断を受けた時、私の頭の中に一番最初に浮かんだ言葉は、「よし、もっと幸せになろう」でした。がんの診断に対してショックというよりは、おっとっと・・・そう来たかというのが、率直な感覚でした。なぜ、私はそんな風に受け止めることができたのか。3年間、がん哲学外来メディカルカフェの活動をする中で、ずっと探求してきていたような気がします。探求してきたものの、それは、たまたまそんな性格だったという要素が強いかなというところに今は着地しています。がんに罹患しても前向きに生きている人がクローズアップされやすく、そうでない自分を責めてしまう人も少なからずいらっしゃると思いますが、一人一人に一つの人生があるように、比べる必要もなければ、比べることなど本当はできないのだと思います。私たちの目の前にあるのは、ただただ自分の人生を生きること。

 今、私は自分で歌を作って自分で歌うというチャレンジをしています。楽器を習ったこともなければ、楽譜を読むこともできない私ですが、共にチャレンジしている仲間の姿に励まされながら、私の体という唯一の楽器を柱に、歌を生み出しています。人生の中で様々な経験をされてきている仲間たちですが、歌を生み出すことに関しては、全員が初挑戦ですし、私のように楽器もできない方もいらっしゃいます。生まれてきた歌を聞かせてもらう機会がありますが、曲のジャンルも、歌詞の内容も、本当にそれぞれで個性的です。ただ共通して言えるのは、“その人から生まれている”というところです。生み出した歌はそこで終わりでなく、少しずつ育てていくのですが、生まれてきた歌はその人の命そのものだな・・・と感じます。それと同じで、がんと共に生きる命が、私たちの中から新たに生まれ、これから生きていく。残された時間に関係なく、それはとても愛おしいことだと思います。そして、呼吸や鼓動、私たちは生きている間、いのちの音を生み出しています。その音は、自分以外の誰の音でもない自分だけのものです。存在に価値があるというのは、そういうことなのかもしれません。

私が書いた歌詞の一つです。

生きていて 生きていて 鼓動の音を聴かせていて 

いつまでも 灯りが消えるまで

思い出して 思い出して 呼吸の音を 

応えるよ 細胞たちが よろこんで

詩もメロディもまだサビの部分しかできていませんが、途中経過であっても、生み出したものは可愛く思えるものですね。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第101回「心に咲く花会」『真の器量』 〜 「Union is Power」 〜

第101回「心に咲く花会」

『真の器量』 〜 「Union is Power」 〜

筆者は、穂森宏之 氏と出会いで、2003年『われ21世紀の新渡戸とならん』(イーグレープ発行)が世に出た。 これが、その後、本を執筆するようになった原点である。 この度、再び イーグレープから『聖書とがん』が、出版されることとなった。本書では、第2部は『21世紀のエステル会』、第3部は『心に咲く花会』の紹介とブログを抜粋させて頂いた。コロナショックの蔓延化の日々である。『がんばりすぎない、悲しみすぎない。』(講談社)の講演を依頼された(添付)。「良書を読み、有益な話を聞き、心の蔵を豊かにする」(新渡戸稲造)。 これが、『真の器量』ではなかろうか!  

「器量」といえば、「桃太郎」を思い出す。 鬼ケ島遠征の物語は、子供時代、村のお寺の紙芝居でよく聞かされたものである。 桃太郎が「犬・雉・猿」という性質の違った(世にいう犬猿の仲)伴をまとめあげたことを挙げ、世に処する人は「性質の異なった者を 容れるだけの雅量」を もたなければならないと 新渡戸稲造は『世渡りの道』(1912年)で述べている。 これが、『樋野動物園』開設(2019年10月13日)の目的であり、「競争の名の下に、実は 個人感情で 排斥をする自称リーダーヘの 警鐘」でもある。 87年前の1933年3月3日に 三陸で地震の大災害があったと記されている。 その時、 新渡戸稲造は 被災地 宮古市等沿岸部を 視察したとのことである。 その惨状を 目の当たりにした 新渡戸稲造は「Union is Power」(協調・協力こそが力なり)と 当時の青年に語ったと言われている。 まさに、今にも生きる言葉である。 時代の波は 寄せては返す。「人の心と 歴史を見抜く 人格の力出でよ!」。

新渡戸稲造は、第一次世界大戦後、国際連盟設立に際して、初代事務次長に選任され、世界平和、国際協調のために 力を尽くしている。 世界中の叡智を集めて設立した「知的協力委員会」(1922年)には 哲学者のベルグソンや物理学者のアインシュタイン、キュリー夫人らが委員として参加し、各国の利害調整にあった。 この「知的協力委員会」の後身がユネスコである。 思えば、癌研時代、今は亡き 原田明夫 検事総長と、2000年『新渡戸稲造 武士道100周年記念シンポ』、『新渡戸稲造生誕140年』(2002年)、『新渡戸稲造没後70年』(2003年)を、企画する機会が与えられた。 順天堂大学に就任して、2004年に、国連大学で『新渡戸稲造 5000円札さようならシンポ』を開催したのが 走馬灯のように駆け巡ってくる。 2020年は、「新渡戸稲造 国際連盟事務次長就任100年周年」& 新渡戸稲造 著『武士道』出版120周年である。

第100回「心に咲く花会」「力と愛と慎み」 〜 一歩高い所から物事を見てみる 〜

第100回「心に咲く花会」

「力と愛と慎み」 〜 一歩高い所から物事を見てみる 〜

『心に咲く花会』も100回目を迎えた。  継続の重要性、尊さを 痛感する日々である。『東村山がん哲学外来』代表:大弥佳寿子 氏から「先生は お話される内容も著される内容も ずっと変わりませんね。—– 先日、整理していたところ、先生と出会う前の 2008年の朝日新聞の切り抜き記事が 見つかりました。 先生の基軸は ずっと変わりませんね。」(添付)。また『がん哲学外来ながれやまカフェ』代表:春日井いつ子 氏からは、「先ほど  『がんばりすぎない、悲しみすぎない』(講談社) を読み返し、 池上彰氏との対談コーナーで、改めて樋野先生の凄さを感じました。 話しは いつも私達に語りの内容と全く同じです。 先生は 言葉に付加も削除もせず 何処までも誠実でした。 人間はつい相手の地位や職業に依っては 言葉に色を付けて仕舞いがちですが。 先生のファンが増える訳です。」。 さらに、『ほとりカフェ in 東カペ』 代表:小泉さおり 氏からは「力と愛と慎み」(テモテ第2 1章7節)のメーセージを頂いた。 御三人の愛情豊かな行為には、大いに感動した。

今日は、講演会「ゴスペル・クアイア & 言葉の処方箋」に招かれた(添付)。主催者、スタッフの情熱には、感服である。「雲よりも上なる空に出でぬれば雨の降る夜も 月をこそ見れ」&「世の中の ごたごたしているその中にいないで、一歩高い所から物事を見てみると 明るい希望が見えてくるものです。」(新渡戸稲造)が、痛感される日々である。まさに「言葉の処方箋」である。

第97回『一億本の向日葵』~大切なのは、今ここに在るあなたのいのち~

第97回『一億本の向日葵』

~大切なのは、今ここに在るあなたのいのち~

今日お久しぶりの梅雨の晴れ間です。お天道様は嬉しいですね。大雨に伴う被害を目にするたびに、心が痛みます。ここ数年の幾度にも重なる災害に、多くの方の心の中に、痛みが蓄積されていらっしゃるのではないかと思います。自分の中に在る痛みを労わることも、とても大切ではないかと思います。私の家のすぐそばに、薄川という大きな川があります。休みの日にはたくさんの人が集まる憩いの場所ですが、大雨の日にはその河川敷も泥水に覆われていました。避難の準備をして、川の影響の少ないところへと車を走らせました。息子と私のリュックに持っていけるものなんて、こんなもんか!と明日のことは、未来のことは、明日以降にお任せ!という少し清々しい気持ちになりました。

「これだけあれば生きていける」という感覚は、自分の住む世界への信頼なくては成り立たないゆえ、とても力強いものだと感じます。過去のトラウマ、栄光、思い出、未来への不安、期待。私たちの荷物の中には、物理的なものだけでなく、心理的なものもあります。これは切っても切り離せない関係だと思います。思い出が大切だから、昔のものを手放すことができない。未来のことが不安だから、もっと持っておきたい、貯めておきたい。ほとんどの人が持つ当たり前の心理だと思いますが、今という時間と場所が、これらに埋め尽くされていることが苦しさの原因になることもあるかなと思うことがあります。今という時間や場所に、少しゆとりがあると、そこに感動や喜びが入ってくる隙間ができます。両手いっぱいに荷物を持っているときに、きれいなお花をプレゼントされても、もう持つことができませんが、片手が空いていれば喜びと共に受け取ることができます。

「お手上げ」という言葉はあまりいい意味では使われませんが、私はこの言葉から、自分を明け渡すという空気を感じます。両手を大きく広げて、自分の過去も未来も今も明け渡す。天を仰ぐ。天を仰ぐことで、今という時間を喜びで満たす勇気をもらえるのだと思います。雨の日に天を仰げば喉を潤す水を、晴れの日に天を仰げば体を温める熱を受け取ることができるように。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第96回『一億本の向日葵』~それぞれのいのちの花が咲く~

第96回『一億本の向日葵』

~それぞれのいのちの花が咲く~

梅雨空であるものの、雲の間から顔を出す太陽に向かって元気に花開く、ひまわりの姿が見られる季節になりました。小学2年生の息子にも“夏探し”という宿題が出て、つい先日には、自宅の玄関ドアのところに3センチくらいのカブトムシが訪れていました。夏の気配は徐々に色濃くなりますが、シトシト雨と仲良く咲く、青や紫に染まったあじさいもまだまだきれいです。

 私が住む地域には、たくさんの田んぼや畑があります。自宅近くにはブドウ園やワイナリーに併設する直売所もあり、これからの季節にはたくさんの作物が並びます。どの野菜や果物も、胸を張って、「おいしいよ!食べてみて!」と言わんばかりに、いのちいっぱい輝いているように見えます。そんな野菜たちは、迷いがなく、根を張った場所で、いのちを全うすることに集中するのでしょう。今では、季節に関係なく色々な野菜が食べられるようになりましたが、やはり適した季節に育ったものは、イキイキといのちのエネルギーが詰まっていて、おいしいです。きっと温度、湿度、日照時間だけでなく、土の中の微生物のバランスなど、ちょっとした違いが、少しずつ野菜たちのストレスになり、生命力を抑えることもあれば、生命力を育てることもあるのだと思いますが、ストレス下で生命力を育てるのには、気力が必要ですので、元気がない時にはなかなかつらいものがあります。また、大病をすると、それまでの自分の生き方や生活習慣を振り返る方も多いのではないかと思います。あれがいけなかった、これがいけなかった・・・と反省したくなるようなこともあると思いますが、厳しい環境下で頑張って、気を張って生きてきた自分を受け入れ、これまで以上に大切にできる機会と時間をもらったのだと私は思っています。植物が育つ大地が深いところで繋がり続けているように、私たちの生きているこの環境も繋がり続け、広々としています。病の時こそ窮屈に感じている心の砦を外して、体も心も緩めることで、心地のいい風や、気持ちのいい景色、食べ物のおいしさ、人の優しさなど、心と体の元気を補うのもが、ジワジワと染み入ってきます。皆さんを大事に想う周りの人の中には、一人で頑張りすぎず、信頼して緩んでほしいと願ってくれている人がいっぱいいます。のびのびと育つ植物のように、安心の元で。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美