第32回『一億本の向日葵』 ~こころのかたち~    

第32回『一億本の向日葵』

~こころのかたち~    

春になり、園芸屋さんの前を通り過ぎる度、色とりどりに並べられた可愛い花々につい目を奪われておりましたが、遂に我が家にも可愛らしい花々が仲間入りしました。小花たちを愛でることや春の柔らかい陽ざしに包まれることで自然と心も開いていく。何となくそんな風に感じている日々です。

心を開く、閉じた心。まるで心に開閉式の装置、ドアのようなものが付いているようです。「心に咲く花」「楕円形の心」など樋野興夫先生が表現される心もまた、どんなものなのかとても興味をそそられます。誰も心が物体でないことはわかっているのに、それぞれの物体的表現から意味を受け取ることができるのはとても不思議です。この春、息子が小学校に入学しましたが、入学前の不安や緊張を抱えていたところから、友達ができたり、学校がどんなところなのか理解できたり、その不安や緊張が期待に変わっていく過程は、ぎゅっと固くつぼめていた心が少しずつ緩み、広がっていく。正にそんな感じでした。

私は以前、重い障害を抱える方々が通う施設に勤めていました。その時に先輩から紹介頂いた「こころを生きる」という小児科医の高谷清さんが書かれた本がきっかけで、“心を生きる”ということ意識するようになりました。体に重い障害があっても、病気であっても、心はしなやかに生きている。寝たきりで、生活において全てに手助けが必要であり、言葉や意思の表現ができないほどの重い障害を背負って生きる仲間たち(その施設では利用者さんの事を総称で“仲間”と呼んでいました。)の心は、肉体の障害を越えた“その人らしさ”そのものでした。私たちスタッフは日々の仲間の様子に関心を寄せ、心の耳を澄ませることで、少しずつ表現されるその人らしさを紡いでいくことをとても大切に思う毎日でした。それと同時に私たちの心もそのまま伝わっていました。良くも悪くも表面的に取り繕ったものを通り抜けて・・・。この経験は今思い出しても、新鮮で喜びに溢れ、どきどきする経験です。樋野興夫先生が「病になると人は太古の一人の人間に還る」というお話をして下さいます。正にその仲間たちは一人の人間として真っ直ぐに心を表現している存在でした。健康で丈夫な肉体と共に生きている時、私たちは心にも肉体にもたくさんの装飾を付けているのかもしれません。その装飾を外しても、その存在には大きな価値があり、光り輝いていると教えてくれたのは、そこで出会った重い障害を持った仲間たちでした。今、関わらせて頂いているがん哲学メディカルカフェの活動でも、内側で光り輝いているものを感じられる時があります。がんと共に生きることもまた、装飾を外し本来の輝きを取り戻すきっかけになるのかもしれません。現在の私はまだまだ沢山の装飾を付けていますが、善き師に学び、少しずつ自分の中にも眠る光り輝く心を受け入れて、装飾を外していけたらいいな・・・と思います。

我が家のベランダのお花
我が家のベランダのお花

ひまわり担当🌻齋藤智恵美