第6回『一億本の向日葵』 ~個性を引き出す存在とは~

第6回『一億本の向日葵』

    ~個性を引き出す存在とは~               

 

私が22歳の頃から愛読している『モリー先生との火曜日』ミッチ・アルボム著の中の一節。

モリー先生との火曜日

  この日、モリーはみんなに実験をやってもらうと言う。ほかのクラスメートに背を向けて立ち、相手が受け止めてくれることをあてにして、後ろへ倒れるのだ。しかしたいていのものは気後れして、ものの10センチも動かないうちにやめてしまう。みな照れくさそうに笑うばかり。

 ところが最後に、痩せたおとなしい黒髪の女子学生―いつもたっぷりした白のフィッシュマンセーターを着ていた子―が両手を前に組み、目を閉じ、リプトン紅茶のコマーシャルでモデルがプールに飛び込むのと同じ感じで、少しもひるまず倒れかかった。

 一瞬、床にどーんとぶつかると思った。しかし、すんでのところでパートナーが頭と肩を受け止め、ぐいっと引き起こした。

「おーっ」と叫ぶ者。手をたたく者。

 モリーもようやく笑いを見せる。そして女子学生に向かって語りかける。「君は目をつぶっていたね。そこが違っていた。目に見えるものが信じられなくて、心に感じるものを信じなければならない時があるんだ。他人から信頼してもらうには、こちらも相手を信頼してかからねばならない―たとえ自分が暗闇の中にいようと。倒れるときでも。」

10月13、14日に行われたリレー・フォー・ライフ・ジャパン2018東京上野で行われた、樋野興夫先生と女優で現在がん治療中の古村比呂さんとの対談で、樋野先生の返答に対して古村さんが浮かべた困った笑い顔を思い出しながら・・(笑)、ふとこの一節が浮かんだ。(対談の会場には大きな頷きと笑い声が溢れていた!!)

樋野先生の対話には必ず「余白」があると私はいつも感じている。病理学のプロフェッショナルである樋野先生には、最適解が見えているはずだけれど、必ず質問者が自分の中で納得感を持って答えを導き出すための「余白」を残して下さっていると。がんと向き合っている方々(自分を含め)との対話は、目に見えるものだけを信じていたらきっと大事なものを見落としてしまう。心で感じるもの、そして相手を信頼するd胆力がその「余白」を生み出しているのではないかと改めて感じさせて頂いた。

その「余白」にこそその人らしさや個性の種が含まれているのかもしれない。このホームページの副題に、「人生に期待される生き方を見つめて」を置いている。ここの「余白」に本気で向き合うことが、人生に期待される生き方を見つめることに繋がっていると私は改めて感じた。

それにしても樋野先生の「わけがわからないねぇ・・」の一言のパワーは絶大で、一気に会場の空気を温かくしてくれる。樋野先生の遊び心と深い懐は、私の目指すところです♪ 

樋野先生と古村さん(斉藤撮影)

ひまわり🌻斉藤