第8回『一億本の向日葵』 ~ことばは私たちを運んでいく~

第8回『一億本の向日葵』

~ことばは私たちを運んでいく~

 

10月27日㈯の午後、『落語会@松本がん哲学みずたまカフェ』(松本市庄内地区公民館)を開催した。昨年10月に引き続きNPO法人ホップ・ステップ・ハッピィの祝福亭福助さんこと、福原俊二郎さんをお招きして2回目となる『落語会』。ご参加下さった皆さまにも大変喜ばれ、松本がん哲学みずたまカフェの恒例行事となりそうで、とても嬉しく思っている。

カフェの前に福原さんと少しお話する時間を頂いた。福原さんのユーモア溢れる語りと人情溢れるお話で、時代的変化と言葉の力についてたくさんの事を感じさせて頂いた。特に歌手の植木等さんの歌に影響を受けたというお話は、福原さんのお人柄が感じられて、聞いている私もとてもワクワクした。

私は普段「ことば」を無意識に使っていることが多い。それでもみずたまカフェの時やこの『一億本の向日葵』を書いている時は、慎重になる。今回の祝福亭福助さんの落語のように丁寧に語られた「ことば」から、自然と頭の中に風景が描き出されるのを感じるときは、「ことば」の働きや力を改めて確認する。「ことば」は感情を伴えばなおのこと、より楽しくもしてくれれば、より悲しくもしてくれる。言葉に運ばれて想像が膨らみ、ワクワクする時もあれば、感動して涙が溢れることもある。誰かからかけられた言葉に元気付けられたり、逆に傷つけられたと感じたり、誰かにかける言葉を選び過ぎて言葉に詰まったり・・・コミュニケーションの中で使われる言葉に私はたくさんの影響を受けている。それに加えて、私が私に語りかける言葉(声に出ていないものも含めて)からもかなり多くの影響を受けている。何となく心が重く感じる時、ふと耳を澄ますと、私が私にかけている言葉はかなり手厳かったりする。こんな事を考えるようになったきっかけは10代の頃に、友達からかけられた言葉、「ちえみちゃんには、弱い人の気持ちはわからない」である。今でもこの言葉は私の胸をズキっとさせるが、その当時私がかけた言葉で傷ついた人がいたからこそ、出てきた言葉であり、樋野先生の「冷たい正論より、温かい配慮を。」というメッセージを体験を持って痛感する。そもそも多くの人は、自分が自分にかけている「ことば」で傷ついている。そこに誰かの「ことば」が追い打ちをかけてしまう。だからこそ、誰かにかける「ことば」と同様に、自分にかける「ことば」も丁寧に選びたい。

祝福亭福助さんの落語が心に響くのも、樋野先生の『ことばの処方箋』が心を揺さぶるのも、「ことば」の力を理解して丁寧に扱っていらっしゃるからなのだと実感した。本当に日々多くの学びを頂いていることに、喜びと感謝の気持ちが溢れてくる。

ひまわり🌻斉藤

 

【今週の樋野先生からの宿題】

『野の花はどうして育つのか?』

ひまわり🌻斉藤の答え→野山、そして自然はパズルのピースのように、必要なものが全て整っていて、一輪の野の花もあるがままそこに存在しているだけでひとつのピースとしての役割を果たしているからだと思います。