佐久「がん哲学外来の歴史」 ~その4~

佐久「がん哲学外来の歴史」 ~その4~  

第3回「佐久がん哲学外来研修会&交流会」は2010年11月20日(土)~21日(日)に開催した。テーマは「実りの秋~学ぼう・食べよう・動こう~」である。レジュメには副題として「人と人との支え合い 心と心のふれあいを」…、こちらの方が主題ではないかと思ったが、私は「第71回ピースボート 地球一周クルーズ86日間」に参加することに決めていて、細かなことは他のスタッフたちにすべて一任していた。

ところで、私がピースボートに乗ると言うと「ええっ!」という反応がスタッフから返ってきた。「ごめんね、帰ってきたら何でもするから…、」と平身低頭しながらも「イベントにふさわしい講師の先生に声をかけておいたわ。あとは宜しく!」と横浜港に駆け付けたのが、10月25日である。イベントまではあと三週間、いくら「佐久がん哲学外来研修会&交流会」が三回目の開催であっても、やるべきことはいくらでもある。私も「済まないなあ」と思ったのだが、東京から小諸に引っ越してすぐに常会の役員を引き受けさせられ、この二年間というもの、まとまった日数の外出は不能だったから何としても「ピースボート地球一周クルーズ」に参加したかったのである。

田舎暮らしを始めて、何も分からないまま、衛生委員長だと言われてゴミ集積場の一切の責任を任され、小諸市からの広報紙、各種の回覧プリント物を仕分けして隣組の責任者たちの自宅に配布する仕事や、土木委員として村の清掃行事の先頭に立ったり、定期的な農業用水の管理当番までが割り振られて、私的な旅行などは全く出来ない二年間だった。東京で仕事をしているときに何となく気になっていた「ピースボートクルーズ」…、豪華客船とはひと味違うカジュアルで親しみやすい船旅に憧れのようなものを感じていた。退職したらいつかこの船に乗って世界を見てみたい、そう思っていたのである。だから村の常会長の役目から解放されたときに、迷わず、「ピースボートクルーズ86日間」に申し込んだ。船の出航を晩秋にしたのも、相続した広い畑や菜園の農作業が一段落する時期を選んだのである。

さて、以下は二日間に亘って繰り広げられた(であろう)、「第3回 佐久がん哲学外来研修会&交流会」のプログラムである。実にエネルギッシュで盛りだくさんの内容が展開され、地域の人たちに大いに喜ばれたようである。

第3回がん哲学外来研修会

 

<第1日目 11月20日(土)>  14:00~

◆ 講演1  「医療現場の実情と私たちにできること」  14:10~15:30

小諸厚生総合病院 地域医療連携室主任  藤井   健

◇ 体験談「病と共に生きる」    佐久市区長会長     平野 知信

◆ 講演2  「佐久の生活習慣とがん」         16:00~17:30

佐久総合病院 統括院長            夏川 周介

★ 夕食交流会  「実りの秋!温ったか すいとん会」 18:00~

◎ 立科の小麦粉、南相木村のそば粉のすいとん&佐久のもち米の栗おこわ

★ 水中運動教室「温泉プールで軽く動いて夜はぐっすり眠ろう!」 19:45~

NPO佐久平リハビリテーションセンター 健康運動指導士  依田あき子

<第2日目 11月21日(日)>  10:00~16:00

1.「横浜がん哲学外来の取り組み ~市民やボランティアと医師が力を合わせて~」

横浜がん哲学外来(溝口修、溝口和子、陣川、糸川、村上、日高、落合)

2.「佐久がん哲学外来の実践に向けて ~暇げな風貌と偉大なるお節介~」

NPO法人がん哲学外来 理事長     樋野 興夫

3.「佐久から発信する医療の民主化~人と人との支え合い、佐久の現在・過去・未来~」

佐久総合病院地域ケア科  医長    北澤 彰浩

★ ランチ交流会  実りの秋!雑穀米&カレー    12:30~

佐久のこしひかりと雑穀、秋の味覚たっぷりカレー

★ 健康合気道教室「心身統一の合気道を体感しよう」 14:00~

横浜実心館合気道  指導者   村 山  實

レジュメの最後のページに「健康工房SAKU」を代表して片桐さんの挨拶が載っている。

「私たちは、イベントや勉強会を通じて、人と人とのつながりを作り、楽しく心温まる健康ライフを目指しています。また、個人が抱える健康に対する様々な悩み等の相談や『佐久がん哲学外来窓口』等の活動も手掛けています。前回の第2回がん哲学外来では若月先生生誕100年を通じて若月俊一先生が目指された「医療は住民がつくるもの」そして「医療の民主化」という言葉に出会いました。「医療の民主化」とは…。ひとつには、いつでもどこでも誰もがその時代で最高の医療が受けられるようになること(医療と保健に関するあらゆる格差をなくすこと)。ふたつには、自分たちの健康問題を自分たち自身で取り上げ、自分たち自身で解決の道を探れるようになること。

今回はこのことについて一歩踏み込んだ学びや交流ができたらと企画いたしました。ご協力をいただいた講師の皆様、遠路はるばるお越しいただいた横浜がん哲学外来の皆様には心より厚く御礼申し上げます。一人一人が真心ある医療の街づくりに力を出し合って携わっていくことが出来るように、これからも学び実践していきたいと思います」。

ところでピースボート地球一周クルーズに初めて参加した私は乗船前に想像していた「のんびりゆっくり海原を眺める船旅」とはまるで違って、広い船内を駆けまわるほどの、実に多忙の日々を送った。先客どうしが自主的に企画するイベントが目白押しで、あれに参加したい、これにも参加したいと「船内新聞」を片手に船内の200mは優に超す長い廊下を走り回っていたのである。

大小の集会室、500人を収容するホール、セミナールーム、プールデッキなどを使用して、朝は6時から夜は11時頃まで、ダンス、音楽ライブ、歌声教室、手芸、テニス・卓球・バスケット、太鼓の打ち方、健康体操・ヨガ、平和活動の企画、星空観察会、麻雀・将棋大会までが開催されて、中高年の船客たちが和気あいあいとそれぞれの自主的なイベント企画を盛り上げていた。今頃、「第3回 佐久がん哲学外来研修会&交流会」が始まる頃かしらと思うこともあったが、最初の寄港地の香港、次にベトナム、シンガポール、スリランカと航行してエジプトのスエズ運河を進んで行く頃には、佐久市クアハウスで開催された(はずの)がん哲学外来イベントのことなど、すべて水平線の彼方に忘却させていたのである。

ところが、お正月を迎えて少し経った頃に、留守を預かってくれている従妹から「クアハウスでは何か大事な?ことが起きているようです。がん哲学に関連したものですが詳しいことは良く分かりません」とこれまたさっぱり意味不明のメールが飛び込んできた。イースター島を離れてタヒチに上陸し、あとは一路横浜港へと太平洋を航行し始めた時期である。「クアハウス佐久で、一体何が起きたのか」、全く見当もつかないまま、ピースボートの船旅は終了した。海上の悪天候で予定よりも1日遅れの2011年1月19日に横浜に帰港したのである。

桜🌸星野昭江