第1回『心に咲く花』〜 「ヘレン・ケラー と アン・サリヴァン」に学ぶ 〜

第1回『心に咲く花』〜 「ヘレン・ケラー と アン・サリヴァン」に学ぶ 〜

「山の日」の祝日、講演会『がんと共に いい覚悟で生きる 〜 がん哲学外来の話 〜』(松本市勤労者福祉センターに於いて)に招待された。佐久、小諸、群馬、東京、名古屋からの参加もあり、会場は大盛況であった。主催者の「松本がん哲学カフェ『みずたまカフェ』」斉藤智恵美 代表の胆力・企画力・心温まるおもてなしには、大いに感動した。まさに『心に咲く花』の開花の時である。

ヘレン・アダムス・ケラー(1880-1968)は、3重苦(聴力、視力、言葉を失う)を背負いながらも、世界各地を歴訪し教育・福祉に尽くした。ヘレン・ケラーとアン・サリヴァンとの写真を見ながら、静思した。「ヘレン・ケラーは、2歳の時に高熱にかかり、聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来なくなった。両親から躾けを受けることの出来ない状態となり、家庭教師として派遣されてきたのが、当時20歳のアン・サリヴァン (1866 -1936) であった。サリヴァンはその後約50年にも渡って、よき教師として、そして友人として、ヘレンを支えていくことになる」。ヘレンとサリヴァンの半生は『The Miracle Worker』(日本語『奇跡の人』)として映画化されている。英語の『「The Miracle Worker」には「(何かに対して働きかけて)奇跡を起こす人」といった意味があり、本来はサリヴァンのことを指す』とのことである。ヘレン・ケラーが「人生の眼」を開かれたのは「いのちの言葉」との出会いである。『I am only one, but still I am one. I cannot do everything, but still I can do something; And because I cannot do everything I will not refuse to do the something that I can do.「私は一人の人間に過ぎないが、一人の人間ではある。何もかもできるわけではないが、何かはできる。だから、何もかもはできなくても、できることをできないと拒みはしない」』(ヘレン・ケラー)が「役割・使命」であろう。

人間は、自分では「希望のない状況」であると思ったとしても、「人生の方からは期待されている存在」であると実感する深い学びの時が与えられている。その時、その人らしいものが発動してくるであろう。「希望」は、「明日が世界の終わりでも、私は今日りんごの木を植える」行為を起こすものであろう。「役割意識 & 使命感」の自覚へと導く。すべての始まりは「人材」である。