第5回『心に咲く花』 「真摯な眼で、 前方を見つめる」vs「後ろ向きで、純度の低い雑談をする」

第5回『心に咲く花』

「真摯な眼で、 前方を見つめる」vs「後ろ向きで、純度の低い雑談をする」樋野先生

最近、授業で感ずることは、同じ条件の中にいても、「真摯な眼で、前方を見つめる」 vs「後ろ向きで、純度の低い雑談をする」の2つのタイプの医学生の存在である。「この違いは、どこから来るのであろうか?」は、神谷美恵子が、精神科医として、勤務した時の言葉で、後に『生きがい』を出版したと、筆者は、若い日に学んだものである。因みに、神谷美恵子の父親の前田多門(新渡戸稲造が、第1高等学校の校長の時の生徒)の仲人は、新渡戸稲造である。新渡戸稲造は、神谷美恵子が3歳の時、前田多門の家に行って、神谷美恵子を膝に抱いてあやしている。神谷美恵子は後に「一生の想い出である」と 語っている。「教育とは、全てのものを 忘れた後に残るもの」(戦後初の東大総長:南原繁 / 新渡戸稲造が、第1高等学校の校長の時の生徒)を 痛感する今日この頃である。「21世紀の医学教育の在り方」を高らかに、提示する時でもあろう。人生邂逅の3大法則「良い先生・良き友・良い読書」は、時代を超えて展開する。

週末の土曜日の午後、『<がん哲学外来> 第76回 お茶の水メディカル・カフェ』 に赴いた。多数の参加と個人面談も行い、充実した、貴重な時であった。

『空っぽの器』友の会ニュースレター第7号も、会場に、配布された。その中に、『松本がん哲学カフェ1周年を迎えて』(松本カフェ代表で、『心に咲く花』の代表でもある斉藤智恵美氏)の文章が、掲載されていた。「たくさんの方が私の空っぽの器に“気づき”や“温かさ”という水を注いでくださいました。」の記述には、大いに感動した。映画制作のメンバーの方々も、参加されていた。映画が、作製されたら、御茶ノ水、松本市では、上映会が、企画されることであろう。終了後、隣のレストランで、スタッフと、楽しい夕食の時を持った。

日曜日の午後は、10周年を迎える「東久留米がん哲学外来」(2008年開始) と、「がん哲学外来」開設に至った「器」の「読書会」(2007年開始) が開催される。今回の朗読の箇所は、『代表的日本人』(内村鑑三 著)の「二宮尊徳」第4章『個人的援助』である。「不誠実でふまじめな人間は 相手にされませんでした」、「その人が誠実でさえあれば、天地も動かしうる」、「なすべきことは、結果を問わず なされなくてはならない」は、「がん哲学外来」の基本でもあろう。