第50回『一億本の向日葵』~私の役割「こんな場所は作りたかった」~

第50回『一億本の向日葵』

~私の役割「こんな場所は作りたかった」~

樋野興夫先生が火を興して下さったことで始まったこの『一億本の向日葵』のコラムも週一回のペースで第50回となりました。知識も、経験も、人間性も十分とは程遠い私が樋野先生と並んでコラムを書く事に、どれだけの戸惑いや恐怖、祝福があったことかとこの一年間を思い返しています。「頭が真っ白」で何も書けない・・・なんて日ももちろんありました。それでもこの1回1回に、この一年の歩みには、様々なチャレンジと見守りと励ましのまなざしがありました。見守られているという安心は、これほどまでに大きな力になるのだと身をもって感じています。そして、見守られているという経験が自分を通して見守るという行為に変化していくのだと知りました。見守られているという安心は子どもにとってとても重要であると言われていますが、大人になってもそれは変わりないのかもしれません。見守る人がこの世から離れてしまっているとしても、引き続きそのまなざしは存在しているのだと18年前に亡くなった祖父が今でも教えてくれています。

毎月第4土曜日に開催している「松本がん哲学みずたまカフェ」は、参加者の方々の想いや、涙、笑い、熱意、などたくさんの生きた感情が集まります。それまで行き場をなくしていた感情も、存在が許され解き放たれる場所であってほしいと思っています。「がん哲学メディカル・カフェを開催への想いは何ですか?」時々そんな質問を頂くことがあります。その答えは瞬時に出てきそうで出てこないのですが、「私自身が当時求めていた場所であり、カフェ開催は私の治療の一つであるから。」というのが一番大きな理由だと思います。当時の私には自分に軸を戻す為の居場所「支えられる」場所とも違う、信頼のもと支えを外された場所が必要でした。今では参加される皆さんが一緒にそんな「松本がん哲学みずたまカフェ」を作って下さっています。私は正直なところ寄り添うことはあまり得意ではありませんが、見守れるという経験を見守る行為に変化させカフェに還元しているのだと思います。8月11日にドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』上映会&シンポジウム~病気であっても、病人ではない生き方を支える~を、たくさんの方の協力を得て開催致しましたが、そこに集まった方々の笑顔を思い出して、「私はこんな場所が作りたかったんだなあ」としみじみと感じました。そこにはコミュニケーションの為の笑顔ではない、内側から溢れた笑顔がありました。どんなに病が襲ってこようとも決して侵されない“その人らしい笑顔”でした。その笑顔を見るとムクムクムクと喜びが溢れてくるそんな笑顔でした。

見守られ、チャレンジができて、いろんな人の笑顔に出会える。

これこそがん哲学外来、樋野先生が運んで来て下さった大きなプレゼントです。そのプレゼントに感動を携えて隣の人に手渡していくことが、私の役割なのではないかと思います。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

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