第74回『一億本の向日葵』~ベッドサイドのがん哲学~

第74回『一億本の向日葵』

~ベッドサイドのがん哲学~

がん哲学で語られるような対話がベッドサイドでも自然とできる社会にいつかなることを、がん哲学の活動に関わり始めた頃から、ずっと思い描いておりました。私がそのように考えるきっかけとなった父の友人がいます。私が乳がん治療を始めて1年ほど経った頃、その方に脳腫瘍が見つかりました。何気なく受けた健康診断で肺の再検査を指摘され、受診したところ脳に腫瘍が見つかったそうです。私は直接お会いしたことはないのですが、ゴルフを一緒に楽しむ仲間として時々父から名前を聞いている存在でした。驚きを抱えながら見舞いに出かけた父に、その方が言ったという言葉が今でも心にあります。

「ゆき、俺死ぬってぞ」

ゆき、とは父のことです。この言葉に父も戸惑い、なんて答えていいか分からなかったと、がん治療という点で共通している私に話をしてくれました。「ゆき、俺死ぬってぞ」この言葉の後に、どんな言葉が続いていたのだろう・・・この言葉たちは無事に誰かの耳に届けられたのだろうか・・・と、私は時々思いを巡らせます。見つかってから3か月間という短い時間の中で、ご家族も自分の気持ちを保つのに精いっぱいだったと想像が付きます。混乱や恐怖の中でなく、安心の中で旅立っていかれたということをずっと祈っておりました。自分の存在や未来の時間が失われる悲しみや苦しみについて、日頃はそれほど意識するものではありませんが、ある日突然そのようなことが目の前に現れたら、私もきっと誰かに胸の内を聴いてもらいたいと思います。自分の悲しみや苦しみはもちろん、大切にしてきたことや大切に思う人のことを・・。たとえ大きな波に飲み込まれても、必ず凪が来て大丈夫になることを一緒に信じて待ってくれる人がそばに居てくれることは、人生の大仕事に向き合う勇気を与えてくれます。聴くという行為は、話す人の存在を認めること、存在自体に価値があるのだと伝えることができるとても重要で大切なコミュニケーションです。そのようなコミュニケーションが、今後メディカルカフェの枠を越えて、ベッドサイドまで広がっていくことを願っています。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

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