第88回『一億本の向日葵』 ~繋がりは自分の中にある~

第88回『一億本の向日葵』

~繋がりは自分の中にある~

私が生まれ育った場所は、標高1200メートルの乗鞍高原という観光地ですが、桜やつつじ、タンポポ、色々な花が咲くこの時期に、こんなにも車が通らず、静かであったことはありません。ですが、何事もなかったかのように、植物たちはきれいな花を咲かせ、甘い香りを漂わせています。

近くを通るととても甘い香りがします

昨日、長野市でがんカフェを開催されている長野朝日放送の中村あゆみさんからお声がけ頂き、zoomを使ってのオンラインインタビューをして頂きました。カフェを運営する側同士、お互いにんーんーと唸りながら、色々なことをお話しました。もちろんスッキリとした突破口は見えないままでしたが、ちょっとした気づきがありましたので、今回はそのことについて書きたいと思います。

オンラインでのカフェを開催したとしても、結局は一部の方としか繋がることができません。そのようなことがはっきりと輪郭を表したことにより、今後インターネットは今までよりももっと身近な存在になっていくのだと思いますが、それ以外に人と人は“繋がり”を感じることはできないものなのか。中村さんの質問に苦悩しながら見えてきたのは、“思い出す”という目に見えない繋がりです。私には会えないけれど、毎日、顔が浮かぶ人が何人かいます。どうしてるかな?と思うこともなく、ただ顔が浮かんできて、はっきりとその人が、私の中に存在しているのはわかるのです。またはどうしてるかな?という想いと共に、時々思い出す人もいます。私はこれをはっきりと“繋がり”だと思ってもいいのではないかと思いました。今までにたくさんの対話や経験を共にしてきた人たちですので、会うことが叶わなくても、すでに共有しているものがたくさんあります。中には、「私は誰にも思い出してもらえてないのでは?」と不安に思う方もいらっしゃると思いますが、そこを考える必要もなければ、関係もないのです。大事なのは、私発、自分発。自分から誰かを想うことです。がん哲学外来メディカルカフェでの対話の積み重ねは、その時その時の為だけでなく、“今この時のため”でもあったのだと実感致しました。

私のかつての通学路(山の中)にある梓水神社です

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

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