第89回『一億本の向日葵』~できごとは自分に還るためのもの~

第89回『一億本の向日葵』

~できごとは自分に還るためのもの~

私の周辺でも、取り巻く空気が変化してきたことを感じる一週間となりました。これから少しずつ、人の動きは今までのように戻っていくのだと思いますが、引き続き目に見えない小さな敵コロナウィルスさんへの注意が必要なことは変わりないでしょう。皆さんも感じられていると思いますが、人の動きが今までのように戻っても、私たちの内的な動きはコロナ前と後では変化しています。当たり前の物事が、当たり前で無くなる経験は、それほどのインパクトを与えましたし、物理的な人との距離が精神的な人との距離に、少なからず影響を与えていることも感じざるを得ませんでした。

 「人生は積み上げていくもの?積み減らしていくもの?」

昨夜、夜中に目が覚めて、そんなことを思いました。知識や経験、実績、あとは物理的なものや貯金は積み上げていくもの、または積み上がっていくものだと思っています。それらを積み上げることは良いことであり、それを目標にしてきた人も多いのではないかと思います。私もそうです。その反面、自分が命を終える時には、それらを全て自分の内側に吸収するか、取り外して、自分という存在に還りたいという欲求もあります。私は積み上げたものに、埋もれたまま死にたくないな・・と思いました。ご講演などの中で、樋野先生は“人は病になると、一人の太古の人間に還る”と仰っていますが、私はその言葉を希望として捉えています。そういった意味で、今回のコロナショックを自分の“棚卸し”期間として活用された方々は、そもそも人は“自分”は、存在自体に価値があることを、深いところで理解している、知っているのだと思います。

 社会的にも、個人的にも、このコロナショックは大きな経験です。これを積み上げていく人生に生かすのか、積み減らしていく人生に生かすのかは、国の考え方や、個人個人の立場や価値観によります。今まで、積み上げていく人生が主流であったのであれば、積み減らす生き方“自分に還る生き方”へとシフトチェンジする可能性が出てきたとも言えます。

 私は、できることやできないことに関わらない、一人ひとりの豊かな個性が光りを放つ社会を楽しみにしている一人です。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

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