第99回「心に咲く花会」人格育成の教養 〜 他人を 不愉快にしない 〜

第99回「心に咲く花会」

人格育成の教養 〜 他人を 不愉快にしない 〜

「国立障害者リハビリテーション学院」での、「病理学総論」の授業に赴いた。 今回、『爆笑症候群』: [1) 喜びも悲しみも忘れる  2) 風貌を診て、心まで診る  3) ユーモアと客体化 ] &『爆睡症候群』:[ 1) 存在自体が周囲を明るくする  2) 楽観的に物事を考える  3)ユーモアと客体化 ] 認定証を 授与した。 既に、『樋野動物園』入所も決定し、名称は、「マウンテンゴリラ」、「レッサーパンダ」、「アパトサウル」である。これこそ、「ニューモアに溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観ある人物」の人格育成の教養ではなかろうか!

「東久留米がん哲学外来・カフェ」のスタッフから、写真が送られて来た(添付)。「他人を 不愉快にしないように 気を付けて、楽しみながら 生きていきたいと思います。」との 心温まるメールを頂いた。 大いに感激した。

「勝海舟記念 下町(浅草)がん哲学外来 メディカルCafé 」で、Zoom講演を 依頼された(添付)。 筆者は、以前、勝海舟(1823-1899)の屋敷があった赤坂で、講演『勝海舟の胆力 〜 がん哲学外来の心得 〜』に招かれた。 母を亡くして 悩んでいるクララに対して、勝海舟の奥さん(たみ)の言葉;『悲しい時には 私達の所へいらっしゃい、一緒に泣きましょう、そしてあなたが 仕合せな時には 一緒に笑いましょう。さあ勇気をお出しなさい、——これから先の長い年月のことは考えず、今日という日以外には 日がないと思って ただ毎日をお過ごしなさい』を語ったものである。 これは、「訪れる人を 温かく迎い入れる」心得であり、「がん哲学外来・カフェ」の理念でもあろう!

第98回「心に咲く花会」子供たちの成長 〜 温かい言葉で ほめる 〜

第98回「心に咲く花会」

子供たちの成長 〜  温かい言葉で ほめる 〜

恵泉女学園の理事会に出席した。 大変、充実した有意義な、多くの学びの時であった。 恵泉女学園の創立者は、新渡戸稲造(1862-1933)から学んだ河井道(1877-1953)である。 それが筆者が理事を依頼された理由ではなかろうか?弁護士の先生から、『種を蒔く人になりなさい』のサインを依頼された。「本日は、ご著書にサインをして頂きまして、ありがとうございました。ー 今日も感じましたが、なるほど、独特の口調で語られる先生の言葉は、胸にストンと落ちる魔力をもっております(笑)。」との励ましのメールを頂いた。

特別支援学校の高等部の生徒向けの「がん教育」に赴いた。 ソーシャルディスタンスをとるために、広い体育館で開催された。

『授業の目標』は、

  • がんの現状や、がんの種類と その特徴、原因と予防、治療法などについて 正しく理解する。
  • がん患者の生きる姿を教えていただき、命を大切に 今を生きることを 考える。

『講義の内容』は、

1)がんに関する正しい知識や予防・早期発見のための注意点

2)先生が出会った患者さんとのエピソード

であった。 早速、養護教諭の先生から、「今日は 本当にありがとうございました。 そして、学校のこと 生徒のことを 温かい言葉で ほめていただき感謝申し上げます。 正直申しまして、大学の先生のお話を うちの生徒たちが どのように受け止めるのか 心配しておりました。 しかし、想像していた以上に真剣に聞き、理解していたことに 非常に驚きました。 このような学習の場を先生に作っていただいたおかげで、子供たちの成長を 感じることができました。 また、自分自身も 先生の今日のお話から、改めて どのように老いてどのように死んでいくのかを 考えていく必要があることを感じました。– 自分にとっても、有意義な時間となりました。 本当に、遠方の本校まで来校していただき ありがとうございました。」との 感動的なメールを頂いた。

第95回『一億本の向日葵』~病気を癒すのではなく、病気に癒される~

第95回『一億本の向日葵』

~病気を癒すのではなく、病気に癒される~

梅雨時の独特な蒸し暑さが続いています。昨日は第4週の土曜日、松本がん哲学みずたまカフェの日でしたが、今月も公共の施設での開催は控え、オンラインで語り合いを行いました。来月は場所をお借りして、3月ぶりの開催が出来ればいいなと思っております。

さて、昨日の語り合いは少人数ではあったものの、それぞれが自分の中の大切な気付きを共有して下さり、内側から湧き上がるものがありました。それは、樋野先生の言葉の処方箋「ほっとけ気にするな」に対するある方の気付きのお話から始まりました。言葉の意味が分かっていたとしても、それができない。心が頭に付いていかない。そんな時期を経て、自分が少しずつ緩み、ある日腑に落ちる時が来る。それが語られたお話の中で、共通していたように思います。「樋野先生の言葉の処方箋は、大海の中に浮かぶ浮き輪みたい」一人の方がそうお話をして下さいました。処方された言葉をすぐに受け取れないこともあるけれど、フッと自分の力みが抜けた時に、いつでも掴めるところに居て、待っていてくれる。そして、道しるべにもなってくれる。言葉は変わらぬ存在として、私たちの変化を待っていてくれます。その変化の過程そのものが、心にも体にも緩みを生み、その人自身の癒しとなっているように思えました。病を受け取った自分を、そして病そのものを癒したい、治したいという思いから、私たちは必死に治療をしたり、誰かに話を聞いてもらったり、有益な情報を聞きに行ったりします。その中で、これまでの自分の生き方、考え方を振り返ったり、叶えてこなかった自分の本当の願いや無意識にしていた我慢に気が付くことがあります。病にならなければ、得ることのなかった自分にかける時間、自分という人間への関心。私たちは普段、自分の為に、時間や労力を使ってくれる人や、関心を向けてくれる人など、その人の表現を通して、自分は大切な存在なんだと実感することがあります。それと同じように、自分自身を大切な存在として扱う。病が与えてくれるのは、深い意味での“ご自愛”自分を大切にする時間なのだと思います。奪われるものばかりに気を取られていると与えられたものになかなか気が付きません。視点を変えてみると、私たちが病気を癒そうとしているようでいて、本当は私たちの存在そのものが病気によって癒されている。そんな風にも思えてきます。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第97回「心に咲く花会」「重荷を 花やかな風呂敷に 包んで」〜「温かな 学びの時」 〜

第97回「心に咲く花会」

「重荷を 花やかな風呂敷に 包んで」〜「温かな 学びの時」 〜

コロナショックで中止されていた「東久留米がん哲学外来・カフェ」が、4ヶ月ぶりに 再開された。 今回は、広々とした市の施設を借用し、感染症対策のルールに従い開催された。皆様の心温まる配慮には、大いに感服した。「人間の心というのは、言葉を糧としている = 対話」の重要性を改めて認識した。「重荷を 花やかな風呂敷に 包んで」(新渡戸稲造)の実践ともなった。

終了後は、読書会であった。 読書会は、2007年からスタートし、新渡戸稲造(1862-1933)著『武士道』(1899年、矢内原忠雄 訳)と 内村鑑三 (1861-1930)著『代表的日本人』(1908年、鈴木範久 訳)を1ヶ月ごとに交互に行っている。 今回は、内村鑑三著『代表的日本人』(西郷隆盛:新日本の創設者、上杉鷹山:封建領主、二宮尊徳:農民聖者、中江藤樹:村の先生、日蓮上人:仏僧)の、日蓮上人の5章(剣難と流罪)であった。 87歳の元看護師の 綽々たる朗読には 感動した。「正義、勇気、気概」の復習の時となった。 新渡戸稲造が、第一高等学校校長を辞職した時の、生徒の挨拶「生花の花籠のように新鮮で、かつ 造花の花籠のように 永久に あせない」が、鮮明に蘇ってきた。

筆者が、理事を務める東京女子大学の初代学長でもあった新渡戸稲造は、学生に「勉強は 午前中ぐらいにして、午後からは みんなで 散歩しながら 雑談して 人生を語り合ったりして、いろいろな考えを めぐらすほうに 時間をとればいいね」と語っている。 まさに「専門senseよりCommon Senseの働きが入用」である。 今回の読書会には、東京女子大学の卒業生も、参加されていた。 真摯な態度には、大いに感激した。 早速、参加者から「本日の東久留米がん哲学外来・カフェと読書会では ありがとうございました。 久しぶりに 先生や皆さんと お会い出来、大変嬉しかったです。 zoomにはない、温かな 学びの時でした。」との 心温まる 愛情豊かな メールを頂いた。

「内村鑑三 & 新渡戸稲造」が若き日に学んだ 札幌農学校の見学を兼ねて『北海道の旅 〜「内村鑑三 没90周年記念」&「新渡戸稲造 国際連盟事務次長 就任100周年記念」〜』が 企画される予感がする。人生は 想い出作りである。

第94回『一億本の向日葵』~二人三脚~

第94回『一億本の向日葵』

~二人三脚~

夏至であり、梅雨の晴れ間である今日、瑞々しい新緑と蝉たちの鳴き声が、生命力を携えて私の目の前にもやってきています。標高の高いこの地域には針葉樹がたくさんありますが、この時期の新緑は緑の中でも、黄緑に近い柔らかな色で、青空とのコントラストがとてもきれいです。

ところで皆さんには、この人生を二人三脚で歩んでいる存在がいらっしゃいますか?二人三脚というと、運動会での二人三脚リレーを思い出す私ですが、ご家族やパートナーを思い浮かべる方が多いのではないかと思います。二人三脚。生まれてからずっと一緒に歩んでいるのは、この体ではないか?と最近感じています。とはいえ、私は一人で、脚は二本です。ですが、私の意志でコントロールできる体の機能は一部分。目に見えて動かせる部分と呼吸(の一部)くらいではないでしょうか?あとはお任せです。体が思うように動いてくれなくて、モヤモヤする時、何となく二人三脚リレーのようだなと思いませんか?息が合う時もあれば、息が合わずチグハグなることもあります。そのチグハグの象徴とも言えるのが、病の後にくる混乱なのかもしれません。私は生きているようでいて、体に生かされていると思うのです。「人生から期待される生き方」とは、同時に「肉体の命から期待される生き方」であり、「あなたはこの命をどのように使いますか?」という問いかけのように思います。   

二人三脚の大切なパートナーである体を気遣いながら、対話を重ね、人生を織りなす。体へのコンプレックスや不調を嘆くこと、病を患った体や自分を責めてしまうことは、パートナーを変えてほしいと声をあげることに似ています。生まれてこの方ずっと時間を共にしてきた体から何とも言えない悲しみが聞こえてくる気がします。人生がオリンピックだとしたら、最高のパフォーマンスを持ったパートナーに変更することも一つの方法なのかもしれません。ですが、私たちはオリンピックを目指す必要はありません。パートナーであるこの体と最高の人生をいければいいと思うのです。どんな人生を最高と思うか、それが品性なのかなと思っています。この人生の中で品性を完成させていく。いつも私のそばにいる大切な存在と二人三脚で。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第96回「心に咲く花会」 「勇敢なる独創力」〜 「時代の要求の刺激」〜

第96回「心に咲く花会」

「勇敢なる独創力」〜 「時代の要求の刺激」〜

新渡戸稲造記念センターに赴いた(添付)。 今週は、定例の 新渡戸稲造 著『武士道』(矢内原忠雄訳)の読書会も開催される。 今回は、第2章「武士道の淵源」である。担当は、新渡戸記念中野総合病院の 事務局長 と 看護部長である。 コロナ時代において、「勇敢なる独創力、急速なる決心と 決死的なる着手の習慣、実行と忍苦との 偉大なる能力」、「知識は これを学ぶ者の 心に同化せられ、その品性に 現れる時においてのみ、真に知識となる」が、心に蘇って来る。 まさに「読書の意義」は「時代の要求の刺激」であろう。

読書会と言えば、2007年12月9日 CAJでの読書会が原点である。今も、新渡戸稲造著『武士道』(1899年)(矢内原忠雄 訳)と 内村鑑三著『代表的日本人』(1908年)(鈴木範久 訳)の読書会を、毎月交互に開催している。新渡戸稲造も 内村鑑三も 英語で本を書いている。英語で、日本(人)を深く、広く紹介出来た人物は『茶の本』を 英語で書いた岡倉天心の3人ではなかろうか! 柏地域医療連携センターでの『がん哲学外来』に参上した。3組との面談は、貴重な時であった。 スタッフと 映画『がんと生きる言葉の処方箋』にも出演された ご夫婦との昼食会は、大変充実した時であった。 来春、千葉県流山で、『がんと生きる言葉の処方箋』の映画上映が決定された。 その後、筆者は、順天堂大学 保健医療学部 理学療法学科のZoom授業『病理学概論』に向かった。 学生からの要望で、『爆睡症候群』、『爆笑症候群』、『気がかり症候群』を、それぞれ 授与した。 教育の使命は「理念を持って 現実に向かい、現実の中に 理念を問う人材の育成」である との実践の場ともなった。

第93回『一億本の向日葵』 ~患者さんに唯一の義務があるとしたら~

第93回『一億本の向日葵』

~患者さんに唯一の義務があるとしたら~

梅雨に入りました。松本市でも気まぐれな天気、気まぐれな雨が続いています。皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

樋野先生の言葉の処方箋の中で、「病気は人生の夏休み」という言葉があります。病気と夏休み、まるで反対に位置するイメージのこの言葉たちの組み合わせは、とても面白くて、それまであった思考の方向をクルッと変える、そんなインパクトがあります。冬休みではしっくり来すぎてしまいますし、春休みやゴールデンウィークでは何となく気忙しい(笑)。夏休みでないと大切なことが伝わらないのです。

さて、今回のタイトルにびっくりされた方もいらっしゃると思います。そうでなくてもしんどい状況に、さらに義務を課せられるなんてまっぴらごめんなのを承知の上で、あえて義務という言葉を使いました。なぜなら、それは誰も代われないこと、本人にしかできないことであり、私自身もがんの体験を通して深く感じたことだからです。仕事や家事など、誰かが代わってできることに、わざわざ義務などという言葉は使いません。“それ”とは先ほど紹介した樋野先生の言葉の処方箋にも通じています。患者さんに唯一の義務があるとしたら、それは自分の喜びを許可することです。今まで我慢してきたこと、余裕ができてから、と先延ばしにしてきたことが、一つや二つ誰にでもあると思います。それらを自分の体が許す範囲で叶えたり、身近なところにある小さな楽しみを拾い集めたり。病気であっても、もっと喜びがあってもいいのではないでしょうか?夏休みという言葉には、そんな喜びとゆとりある時間の、要素が含まれています。「そんな気持ちになんてなれない…」という方もいらっしゃると思いますが、小さな子供たちを見ていると、私たちの体には喜びの反応がきちんと用意されていると感じます。体を信じて、好きだったこと、興味を惹かれることや、これまでの楽しい思い出などに、意識を向けて、今の喜びを自分に許可してあげることで、喜びを感じるゆとりが出てきます。今まで病気に関する情報集めに費やしていた時間の半分を、自分の喜びのために使うと決めてもいいかもしれません。一日の中のほんの少しの時間でも、喜びという自分だけの宴会が出来たら、きっと自分だけでなく、周りの人にも笑顔が広がると思います。また、治療中はできないことが増え、自分を責めたり、責められていると感じる、メディカルカフェではそのようなお話をよく耳にします。そんな時こそ色々できない自分を許してあげてほしいなと思います。そんな風に自分を愛しむ時間を、ほんの少しでもいいから増やしていくこと、それが唯一の義務ではないかと思います。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第95回「心に咲く花会」『爆笑症候群』&『爆睡症候群』&『気がかり症候群』 〜 現代的意義〜

第95回「心に咲く花会」

『爆笑症候群』&『爆睡症候群』&『気がかり症候群』 〜 現代的意義〜

6月5日は、wifeが 小学校の校長を務めるCAJの高校生の 卒業式であった。 筆者も、ライブで、拝見した。 まさに、『「いつの日か、この日を振り返る時「コロナが 騒がれた 変わった時期に 卒業したなぁ〜。」と思う事でしょう。』に 大いに同感する。

筆者は、『偉大なるお節介症候群』&『爆笑症候群』&『爆睡症候群』&『気がかり症候群』の認定証を 授与している。『病理学』とは、「風貌を診て、心まで診る」学問分野でもある。まさに「個性と多様性」の学びである。

『偉大なるお節介症候群』の、診断基準は、以下の3か条である。

1.暇げな風貌

2.偉大なるお節介

3.速効性と英断

『心に咲く花会』の代表の齋藤 智恵美 氏は、2018年7月9日『偉大なるお節介症候群』を受証されている(添付)。

『爆笑症候群』には、   「存在自体が周囲を明るくする人」

『爆睡症候群』には、   「楽観的に物事を考える人」

『気がかり症候群』には、「自分の問題=ユーモアと客体化」 が、謳われている。 ユーモア溢れる「『偉大なるお節介症候群』&『爆笑症候群』&『爆睡症候群』&『気がかり症候群』」の現代的意義は、「相手の必要に 共感することであり、自分の気持ちで、接しない」である。 使命は「理念を持って現実に向かい、現実の中に理念」を問う人材の育成でもある。

第92回『一億本の向日葵』 ~気にしない力は内側で育つ~

第92回『一億本の向日葵』

~気にしない力は内側で育つ~

樋野先生が処方される言葉の中で、もっともシンプル、かつ覚えやすく、即効性のある言葉。「ほっとけ気にするな」。心の中で何度となく唱えている方も、たくさんいらっしゃるのではないかと思います。特に人間関係やコミュニケーションで悩んだ時に、ほっとけたら楽なのに・・と思う方も多いのではないでしょうか。ドキュメンタリー映画『がんと生きることばの処方箋』のエンディングにも出てきますし、昨年8月に松本で開催したシンポジウムでも「ほっとけ気にするな」が合言葉のようになりましたが、気にせずに居られる心や精神はどのように作られるのかを考えることがあります。気にしてしまう出来事があった時、「ほっとけ気にするな」と声に出していってみると、パンっと目の前で手を叩いた時のような場面転換が起こりますが、なかなか持続はしません。では、持続的にほっとける心はどう育つのかを私なりに考えてみますと、樋野先生がお話される新渡戸稲造先生の言葉“センス オブ プロポーション”を育てることが大切ではないかと思いました。プロポーションと聞くと、容姿について表す言葉を思い出しますが、“センス オブ プロポーション”は、“何が重要かを判断するセンス”を表します。何が重要か分からない、様々な事柄が無造作に置かれた状態では、優先順位をつけることも難しく、気持ちは動揺し、ほっとけるものもほっとけなくなります。ぐらんぐらんと、自分の気持ちがあっちに行ったり、こっちに行ったりすることを、私も何度となく経験しています。では“センス オブ プロポーション”を育てるために必要なことは?と言いますと、孤独な時間、一人の時間ではないかと思います。これについては、誰もはっきりとした答えを手渡すことはできません。なぜなら自分にとって何が重要であるかは、自分にしかわからないからです。カフェを主宰していましても、がんという病やいのちと向き合う時に、一般的な、社会的な“センス オブ プロポーション”はほとんど役に立たない、むしろ自分を苦しめてしまう要素にさえなると感じることがあります。とことんまで、自分にとって何が大切であるかを見つめていくことが、とても大切なのではないかと思います。自分なりの大切な何かがはっきりと感じられれば、「ほっとけ気にするな」は優しく、時に力強く背中を押してくれるはずです。孤独は諸刃の剣ですが、飲まれるのではなく、自分から創造することで、大切な友人で居てくれます。私はその時間をとても大切にしています。

ひまわり&パンダ担当🌻齋藤智恵美

第94回「心に咲く花会」真摯な働き 〜 教育者の使命感 〜

第94回「心に咲く花会」

真摯な働き 〜 教育者の使命感 〜

「映画『がんと生きる言葉の処方箋』の「言葉の処方箋 YouTube インタビュ―」の最新版が送られて来た。 今回の出演者は、『東村山がん哲学外来・カフェ』代表:大弥佳寿子 氏 と 『神戸薬科大学 がん哲学外来・カフェ』を 主宰されている 神戸薬科大学 薬学臨床教育・研究センター 横山郁子 先生であった( https://www.youtube.com/channel/UCc4rcVO_bMtoKYyUaSjIxLg )。大弥佳寿子 氏は、『越冬隊 友の会』ニュースレターの発行も 担当されている。 大変 真摯な働き には、ただただ 感服である。 横山郁子 先生は、「中学校、高校での がん教育」にも 積極的に取り組まれ、教育者の使命感に 燃えておられる。 この お二人には、いつも、大いに 励まされている。

次回は、横山郁子 先生の教え子の 神戸薬科大学 学生の 渡邊理乃 氏が、出演とのことである。 渡邊理乃 氏は、大学での『がん哲学外来・カフェ』にも参加され、お母様とも一緒に 筆者の講演会に 何度も 足を運んでくださった。 涙無くしては語れない! YouTubeでの 拝聴が、大いに 楽しみである。 

今年は、新渡戸稲造 国際連盟事務次長 就任 (1920年) 100周年である。 新渡戸稲造(1862-1933)は、日本屈指の国際人として活躍した。新渡戸稲造が尊敬するリンカーン(1809-1865)の大統領就任演説『誰に対しても意地悪な気持ちを抱かず、すべの人に対して思いやりの精神で。(With malice toward none, With charity for all)』が想い出された。 新渡戸稲造は、国際連盟事務次長時代 ユネスコの前身『国際連盟知的協力委員会』を設立した(1922年)。 筆者らは 2012年 新渡戸稲造生誕150周年記念事業として『21世紀の知的協力委員会』を立ち上げた。 2013年 Wifeと会議で、ジュネーブを 訪問したのが、鮮明に蘇ってきた(添付)。人生は不思議な邂逅の連続である。