第61回『心に咲く花』小諸 ―> 上野 ―> 軽井沢 〜 有意義な「3連ちゃん症候群」の体験

第61回『心に咲く花』

小諸 ―> 上野 ―> 軽井沢 〜 有意義な「3連ちゃん症候群」の体験

日本メディカルヴィレッジ学会 理事長を務める筆者は、『第2回 日本メディカルヴィレッジ学会 & 健康長寿を目指すまち』{共催:小諸市保健推進員会;後援団体: 長野県・長野県医師会・小諸北佐久医師会・北佐久歯科医師会・小諸北佐久薬剤師会・信州大学・浅間南麓こもろ医療センター・信濃毎日新聞社・がん哲学外来市民学会・がん哲学外来・「北信がんプロ」外来多様な新ニーズに対応する「がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)」養成プラン」}(長野県小諸市文化センターに於いて)に 出席した(添付)。プログラムは、

13:15 ~  開会あいさつ(大会会長 小諸市長 小泉 俊博)

13:20 ~  第1 部 シンポジウム 「地域で考える、がんとの共生」

14:50 ~  休憩  リフレッシュ体操

15:05 ~  第2 部 基調講演 「医療の隙間を埋める、言葉の処方箋 」

16:00    閉会

【座長】は、小泉 知展 先生(信州大学医学部附属病院 信州がんセンター長)

富岡 邦昭 先生(東小諸クリニック院長、小諸北佐久医師会小諸支部長)北澤 彰浩 先生(佐久総合病院 地域ケア科診療部長)が、担当された。【パネリスト】は、橋本 晋一 先生(浅間南麓こもろ医療センター院長代理)、油井 早苗 当事者、猿橋 澄子 医療ソーシャルワーカー(こもろ医療センターがんサロン)、井出 康恵 看護師(がん相談支援センター)、井出 美由紀 看護師(地域ケア科(訪問看護)・地域の保健室はぐみ)であった。筆者は、【基調講演】『医療の隙間を埋める言葉の処方箋』の機会が与えられた。 講演後「心に咲く花会」代表の齋藤智恵美 氏が、会場からの質問に対して、コメントを述べられた。昨年の第1回の沖縄のスタッフ、来年の第3回主催の福岡県の みどりの杜病院 院長 原口 勝 先生とスタッフも参加され、会場は、300人を超える参加者で 大いに盛り上がった。感激した。

講演後、東京上野恩賜公園でのリレー・フォー・ライフ・ジャパンでの、講演『「〜言葉で救われ言葉で傷つく〜言葉の処方箋「対話で変わるがん治療」』に直行した。テントの中は、聴講者で、一杯であった(添付)。 翌日は、「信州大学がん哲学外来 in 軽井沢」(軽井沢病院に於いて)に、wifeと赴いた(添付)。終了後は、参加者の有志の方と昼食の時を持った。本当に、有意義な連日であった。

第58回『一億本の向日葵』~失うことから始まる希望~

第58回『一億本の向日葵』

~失うことから始まる希望~

“何かを失った”がんを患ってそう感じている方はきっとたくさんいらっしゃると思います。私もがんに罹患した当初、今まで掴んでいた将来や役割、収入などを失ったと感じていました。実際に手放さなくてはならないものが多くあったように思います。手放したくなくて、もがいて、抵抗をして・・。それでも懸命に、手探りで毎日を過ごしてきて今があります。新たな役割や人との出会いなど、今目の前に広がる世界そのものが罹患当時の“失った瞬間”からスタートしたのだと思うと、それはそれはとても愛おしいものに感じます。

 “失う”という体験。

目の前を一瞬にして真っ暗にして、「もう私には何もない」と生きる気力さえ奪ってしまうこの経験は、がんの罹患に関わらず、人生の中で幾度も巡ってきます。その度に、何とか立ち上がって今を生きています。そんな自分を振り返りながら、「本当に完全に失うことがあるのか?」と不思議な気持ちが浮かんできました。治療中の体調不良で会社をお休みする時、仕事を失った代わりに、一人の時間、家族との時間、療養する時間を得ています。家事が出来なくなって家族や友人を頼るようになった時、役割を失う代わりに、周囲の人の優しさや想いを得ています。頼りがいのあるお母さんという役割を失った時、息子が「いい子いい子」と小さな手で頭を撫でて元気をあげたい思うお母さんの役割を得ています。がんの切除で体の一部を失う時、安心と治療を頑張った証を得ています。仲間で集う楽しい時間を失った時、一人でじっくり考える時間を得ています。大切な人を失った時、二人だけの大切な思い出と永遠に続く愛情を得ています。

失ったのではなく、実は交換を繰り返してきたのだと思った時、何だかフッと肩の力が抜けました。がんという病で私は将来の可能性を失ったわけではく、誰かと痛みを分かち合う機会と可能性を得ていたのです。深く自分の事や誰かの事を想う時間を得ていたのです。

病に罹ることは決して楽なことではありませんが、これほどたくさんの気付きをくれる経験に私は感謝しています。

二つの定点を持つ楕円形。定点と定点が離れていればいるほど、安定が保たれる。樋野先生が教えて下さる“楕円形のこころ”という言葉が自分のバランスを保つ大きなきっかけを下さいました。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第60回『心に咲く花』ゴリラ と パンダ と がん哲学動物園長 〜 品性(性格)の完成

第60回『心に咲く花』

ゴリラ と パンダ と がん哲学動物園長 〜 品性(性格)の完成

「第36回 がん征圧新潟県大会 〜 東北次世代がんプロ養成プラン 第8回市民公開講座 〜」(新潟県見附市 文化ホール アルカディア 大ホールに於いて)での特別講演『がん哲学外来 〜 ことばの処方箋 〜』に招待された。「よつばの会代表・女優・タレント 原 千晶 氏」の 体験談「大切にしたい自分の体 〜 2度の子宮がんを経験して 〜」には、大いに感動した。また、ミニコンサート、特に「小さな木の実」も心に沁みた。川端康成の「雪国」で知られる 谷川連峰を貫く 大清水トンネル(長さ 22.22キロ)には、圧倒された。朝日新聞出版の週刊誌『アエラ』の『現代の肖像』の取材依頼があった。「樋野先生の思いや 活動の意義を 読者に伝える」、「本人以外の方の取材も必須」とのことである。「がん哲学外来カフェ」主催の「宇宙からの ゴリラ、パンダ」が、頭に浮かんだ。早速「ゴリラさんと パンダさんと 樋野がん哲学動物園長 のお話、楽しみにしています!! 」との 心温まるメールを頂いた。

「第64回 がん哲学外来メデイカル・カフェ@よどばし」(淀橋教会に於いて)に赴いた。まず、恒例の『365日の紙飛行機』の合唱で始まった。筆者は、内村鑑三の「人生の目的は 品性を完成するに在り」・『誰もが 後世に残すことができる最大の遺物は「勇ましい高尚な生涯」』と「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ローマ書5章3、4節)を語った。『糸』を熱唱して終えた。個人面談もあり、大変貴重な 有意義な時であった。週末は、恒例の「東久留米カフェ・読書会『代表的日本人』(内村鑑三 著)」である。「第2回 東久留米がんセミナー」(明治薬科大学 東久留米サテライトキャンパスに於いて)が企画されている(添付)。筆者が「がん哲学外来」を始めた切っ掛けは、「内村鑑三・矢内原忠雄」の生涯の学びからである。現在「内村鑑三記念 メデイカルカフェ・沼田」と「矢内原忠雄記念 がん哲学外来 本郷通りカフェ」が実践されている(添付)。本当に、人生は不思議である。

第57回『一億本の向日葵』~カフェには私のいのち、あなたのいのちが集まる~

第57回『一億本の向日葵』

~カフェには私のいのち、あなたのいのちが集まる~

私はもともと誰かの人生のお話を聴くのが好きでした。どんな出来事があって、どんな事を思ったり考えたりして、どんな風に生きてきたのか。似たような出来事であったとしても、誰一人として同じ道を歩んでいる人はおらず、それぞれの人生の物語は本当に“個別的なもの”だということを感じます。そこにその人の「いのち」があることを実感します。

日常の中で私たちは色んな方と出会い、挨拶から始まり、天気のこと、身近にあった出来事のことなど世間話をしたりしますが、そこではなかなか「いのち」を感じることができません。悲しいニュースが話題に上がったとしても、遠く離れたいのちとして捉えることが多いのではないかと思います。ここ最近、学校で行われるがん教育についてよく考えるのですが、「いのちは大切」だということを私は説得力を持って話せるのだろうか、私は「いのちは大切」という言葉に深い納得があるのだろうかと悩みました。存在=いのちなのか、肉体=いのちなのか・・・混乱していました。未だに混乱してはいるのですが、ひとつはっきりとしてきたのは、肉体そのものよりもその肉体を纏ったその人がどんな人でどんな事を思い、どんな風に生きているのかという所に私はいのちを感じているということです。誰かの死に痛みを感じる時、私はその人の発した声を、やってきたことを、記したものを少なからず知っています。それが複数の内の一つのいのちが、とても個別的でかけがえのないいのちに変化する瞬間なのではないかと考えました。「いのちが大切」という言葉を、「私の存在が大切」「あなたの存在が大切」に置き換えると私ははっきりいのちの大切さをこの手に掴むことができます。学校でのがん教育の中で「いのちの大切さ」を子どもたちが受け取っていくのにも、やはり個別的でかけがえのない人生のお話が必要ではないかなと思います。

カフェという場所は複数のいのちが、個別的でかけがえのないいのちを携えて集まる場所です。カフェでは他の誰も代わることのできない“あなた”“わたし”が言葉にいのちを吹き込み、語り合い、認め合います。だからこそ私はその「いのちの言葉」にじっと耳を傾けたいのです。そして、その「いのちが吹き込まれた言葉」は肉体が命を終えた後も、ずっと誰かの中に留まり続け、その人を力づけるのを知っています。遺伝子でいのちが続いていくように、言葉でもいのちは続いていくのかもしれないな・・と想いを馳せる今日この頃です。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第59回『心に咲く花』「国を医する名手」〜 個性を引き出す

第59回『心に咲く花』

「国を医する名手」〜 個性を引き出す

クルーズにwifeと招待された(添付)。船内で 2回の講演『がん哲学 〜 寄り添い個性を引き出す 、『がん哲学 〜 楕円形のこころ 〜』とのことである。帰国後は「第36回がん征圧新潟県大会 〜 東北次世代がんプロ養成プラン 第8回市民公開講座 〜」(新潟県見附市 文化ホール アルカディア 大ホールに於いて)(主 催:公益財団法人新潟県健康づくり財団・見附市(市民公開講座)東北次世代がんプロ養成プラン、共 催:一般社団法人新潟県医師会、後 援:新潟県・新潟市・日本対がん協会・新潟県市長会・新潟県町村会・新潟県歯科医師会・新潟県薬剤師会・各郡市医師会・新潟県看護協会・新潟県診療放射線技師会・新潟県臨床検査技師会・新潟県栄養士会・新潟県食生活改善推進委員協議会・新潟県国民健康保険団体連合会・新潟県検診機関協議会・新潟県社会福祉協議会・新潟県婦人連盟・ 新潟県老人クラブ連合会・JA新潟県女性組織協議会・新潟日報社・朝日新聞新潟総局・NHK新潟放送局・BSN新潟放送・NST・TeNYテレビ新潟・UX新潟テレビ21・エフエムラジオ新潟・FM PORT79.0 )で 講演『がん哲学外来 〜 ことばの処方箋 〜』を依頼された。

「日本人の死因の第1位は“がん”であり、およそ3.6人に1人が“がん”で亡くなり 、また、およそ2人に1人が“がん”になるといわれ 、日本人にとって“がん”は「国民病」といっても過言ではありません。特に新潟県は、“がん”の死亡率が全国平均を大きく上回り、全国ワースト11位 に位置しており、“がん”多発県となっております。このため“がん”撲滅に向かって、“がん”に対する正しい知識の普及とがん検診の 重要性を広くアピールするため、下記により第36回がん征圧新潟県大会を開催します。:平成30年人口動態統計月報年計(概数) :国立がん研究センターがん対策情報センター 」と謳われている。何時か、長寿県であり「心に咲く花会」代表の齋藤智恵美氏の長野県でも「長野県モデル」が企画される予感がする。

国手とは「国を医する名手の意」の敬称であり、「医師は直接、間接に、国家の命運を担うと思うべし」とのことである。医師の地上的使命と同時に「日本の傷を医す者」(矢内原忠雄: 1945年12月23日の講演)が鮮明に蘇って来た。

第56回『一億本の向日葵』~誰かが見ていてくれる~

第56回『一億本の向日葵』

~誰かが見ていてくれる~

先週9月22日~24日、NPO法人がんサポートかごしまの方々が主催する「いのちの授業 語り手」講座に参加させて頂きました。子どもたちに伝えたいがんの知識やがん教育を取り巻く状況、がん教育やがん患者としての外部講師に期待されることなどを学び、そして「いのちの授業」の模擬授業も受けさせて頂きました。本当に頭痛を感じるほどに、深く考え、深く感じた時間となりました。その中で最も強く心に刻まれたのは、「誰かが私を見ていてくれる」という安心を届ける授業でもあるということでした。最後の日の24日には実際に小学校での授業を見学させて頂いたのですが、教室の後ろから子どもたちの背中から伝わるものを感じながら、油断するとすぐに涙腺が崩壊する自分を何とか抑えていました。がん教育の留意点として、「子どもたちへの配慮」がとても大切だと言われています。身近な人ががんを患っていたり、身近な人をがんで亡くしていたり、自分自身が小児がんであったり、とがんという言葉がダイレクトに伝わり過ぎてしまう子どもたちもいるからです。授業を拝見していると、子どもたちの表情は本当に様々でした。それぞれの子どもたちが背景に何を持っているのか、心の中にどんな想いを持っているのか、表情からだけでは伺い知ることはできませんが、「いのちの授業」を通して、「病」や「死」「いのち」を感じ、普段は意識することのない胸の深い部分に触れているというのは感じられました。クラス約25名の子どもたちが同じ教室で同じ授業を受けているのですが、その瞬間は子どもたち一人一人の内面がまるで一人宇宙を彷徨うかのように見えて、とても不思議な感覚でした。一人ではきっととても怖いだろうその内面という宇宙の旅に付き添い見守る誰かがいる。私は授業見学をしながら、そんな風に感じました。がん哲学のカフェでも似たような事を感じることがあります。言葉少なく他の参加者の方の話に静かに耳を傾けているその方が訥々と自分の心を確認するかのように静かに語られる時があります。そのような時には気の利いた返事などできるはずもなく、ただただ丁寧に大切に耳を傾けます。行き場を失っていた想いを自分自身で受け取ろうとされる姿をただただ見守っているのですが、「ヘルプ」が届いたらすぐに反応ができる距離に誰かの存在があるというのがとても大切だと思います。

 NPO法人がんサポートかごしまの皆さんが丁寧に取り組んで来られた授業はがんを教えるがん教育ではなく、がんを教材にして「いのち」と向き合うがん教育の授業です。「あなたといういのち、あなたという存在そのものがとても愛おしくて、とても大切です」というメッセージを受け取る子どもたちの背中に、深く心を揺さぶられた3日間でした。

この機会を頂けましたことを心から感謝しています。

語り手講座2日目の3分スピーチの様子

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第58回『心に咲く花』『がんを考える「ひいらぎの会 〜 25周年記念講演会 & 映画上映会」〜』

第58回『心に咲く花』

『がんを考える「ひいらぎの会 〜 25周年記念講演会 & 映画上映会」〜』

土曜日の午後『がんを考える「ひいらぎの会 〜 25周年記念講演会 & 映画上映会」〜』(飯坂温泉に於いて)に招待された(添付)。思えば、初代「ひいらぎの会」の代表との約10年前の出会いが、今に至った。また、2009年には、福島県立医大での「吉田富三記念 がん哲学外来」も開設された。人生の邂逅の不思議さである。講演では、福島県が生んだ病理学者:吉田富三と吉田富三の愛弟子で、山形が生んだ、筆者の恩師、についても語った。講演後の祝賀会では、来賓として出席されていた、福島の「生と死を考える会」の世話人代表、仙台市の東北大の先生、山形市の「やまがた健康推進機構」山形県がん総合相談支援センターの方と同席であった。筆者が、以前、全国の「生と死を考える会」で講演したことや、来月の仙台での「がん哲学外来 仙台チャウチャウ会開設 一周年記念 特別講演会」(添付)も話題になった。筆者は、会場で、「くちなしの花」を歌う機会が与えられた。本当に充実した日となった。 新幹線で帰京中に「21世紀の新島・内村カタルパ会」ニュースレター創刊号が送られて来た(添付)。群馬県が生んだ偉人のニュースレターが発行されるに至ったとは 大いに感動した。今日は、『つなげよう、ひろげよう、健康の輪 2019済生会フェア』での 映画上映のトークショーと 講演会に赴く(添付)。

第57回『心に咲く花』「がん教育」&「がん哲学」の時代的必要性 〜 かけがえのない個性 〜

第57回『心に咲く花』

「がん教育」&「がん哲学」の時代的必要性 〜 かけがえのない個性 〜

「桜🌸がん哲学外来・カフェ」の開設記念講演会『種をまく人 〜 かけがえのない個性 〜』で、神奈川県新松田に赴いた(添付)。多数の参加者であった。東京都東久留米市の小学6年生向けの「がん教育」に招待された。保護者、市民、さらに京都の出版社の方も参観されていた。多数の質問もあった。

  1. 病気になったとき、人はどのように感じ、何を考えますか ?
  2. 家族は どのように患者さんを 支えることができますか ?
  3. 周りの人は、どのように患者さんを 支えることができますか ?
  4. 人の支えは、患者さんに どのような効果をもたらしますか ?

筆者の座右の銘、キャチフレーズ、格言などを、さりげなく語った。「学校の授業現場は久しぶりでした。大変新鮮で、がん教育のイメージを少し具体的にすることができました。」、「小学校でのがん教育、参観させていただき ありがとうございました。子供達には少し難しいのではないかなあと 思いながら聞いていましたが、最後、子供達の宣言を聞くと、ああ、ちゃんと子供達の心には大事なところは 伝わるんだなあと、思いました。」、 『私の勤めているのは中学校で、昨年は、― 「小児がんの子どもたち」というタイトルで、全校生徒へ お話していただきました。 ― 学校でまた、樋野先生のお話も検討してみたいと思っています。』などのコメントを頂いた。『<がん哲学外来>第88回お茶の水 メデイカル・カフェ in OCC』に赴いた。群馬県を始め、都内以外からも多数参加されていた。「がん哲学」の時代的必要性を痛感した。 練馬区で講演『種を蒔く人になりなさい 〜からし種〜』に招待された(添付)。個人面談も大変充実した時であった。今後、継続的に開催されることであろう。夕方は第6回池袋カラオケ大会にwifeと参加した。皆様と 全42曲を大熱唱した(添付)。まさに人生の忘れ得ぬ「宇宙旅行」の気分となった。

第55回『一億本の向日葵』~言葉の力~

第55回『一億本の向日葵』

~言葉の力~

令和元年11月3日㈰長野県北安曇郡池田町にある北アルプス医療センターあづみ病院にて、“北アルプス地域におけるがん対策推進のための講演会”の演者としてお話をさせて頂く機会を頂きました。演題は「がんが届けてくれたもの~生きることを考えるがん哲学の実践~」です。自分で決めた演題にも関わらず、確認用のチラシで再度確認した時には「わぁ・・なんて大それたこと・・・」と提出当時の自分の度胸に驚きました。こうした時にそっと・・・ではなく、ドンっと背中を押してくれるのは、この1年間の樋野先生の温かく熱心なご指導と常にお手本となる姿勢とどこからともなく響いてくる「速効性と英断」「冗談を本気でやる人になる」という言葉です。こうした経験のおかげで私は“決める”ことの大切さを日々感じています。悩んでから決めるのではなく、決めてから「さあどうしよう!」と思案する実践です。

樋野先生が処方する言葉には、真っ暗闇のトンネルに一筋の光を届け、クモの糸を掴むような状況の中に手がかりとなる糸を垂らす力があります。また、樋野先生のご著書や面談の感想で“心が軽くなった”という言葉をお聞きすることがあります。この“心が軽くなる”という感覚は“ギッチギチに重くなった思考を開放し、フッと心(核心)を浮上させる”という体感に私は近い気がしています。樋野先生がご講演の途中で「訳が分からないね~」とお話される時、きっと聴いている側が話についていくのに精一杯な表情をしているのでしょう(笑)。会場にクスクスっと楽しい笑い声が上がります。この笑いに変わった瞬間、ギューッと詰まった思考が開放されフッと心が浮上するのではないかと思います。

「人生いばらの道 されど宴会」

そんな時にはこの言葉の処方箋が、なるほど~と体感を持って感じられます。フッと握りしていた拳を緩めた時に、ひらひらと舞ってきた花びらが手のひらに届くような喜びもある、と。しかし、時に思考を開放し切れない時など言葉の処方箋を受け取ることが難しいこともあると思います。私自身は自分事として受け取れるまでにだいぶ時間がかかりました。体験を通して何度も言葉を咀嚼し、自分の口からスッと言葉が出るようになってやっと言葉の処方箋を自分の人生の中で生かすことができるようになりました。

私は言葉というものが自分よりももっともっと先を歩んでいるように感じる時があります。そして時に「こっち、こっちだよ!」とにっこりとしながら私を導くとても頼もしい存在に見えます。しかし、一人の人間から生まれた言葉が後世まで影響を及ぼし続けることを思うと、本当は私たちが言葉を導く存在であることも理解できます。

「あいうえお」 「アイウエオ」

一つ一つの文字が組み合わさって意味を成す言葉になる。その言葉は使う人の経験や感情や意味づけを伴って、より個性的な意味を表現する。

「一つの言葉の力を侮るな。一人の人間の力を侮るな。世界を変え得るかもしれないのだから。」

樋野先生がご講演の中で「一人の人間の力を侮るな。」と力を込めて下さるのは、「自分の力を侮るな。」というエールなのだと私は勝手に受け取っています。挫けそうなとき、自分の可能性を決めつけてしまいそうなとき、私は樋野先生が第1回『心に咲く花』~「ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン」に学ぶ~に書いてくださったヘレン・ケラーの言葉をいつも思い出します。

「私は一人の人間に過ぎないが、一人の人間である。何もかもはできないが、何かはできる。だから、何もかもはできなくても、できることをできないと拒みはしない」(ヘレン・ケラー)

書いたり、録音したりしなければ、どんどん流れて消えていってしまう日常の言葉たちですが、改めてここに言葉の力を感じました。

ドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』を通してたくさんのご縁を頂いていますことを心から感謝しております。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

第54回『一億本の向日葵』 ~立場を超えて同じ光を見つめる~

第54回『一億本の向日葵』

~立場を超えて同じ光を見つめる~

誰かとの対話をしている時、誰かの話を聞いている時、自分に関わってくれた誰かの想いに触れた気がする時があります。9月7日、8日に松本市のやまびこドームで開催した「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2019信州まつもと」で、本当の愛と幸せを心に届ける講演家の中村美幸さん、佐久総合病院地域ケアの医師で軽井沢あうんの家主宰の荻原菜緒先生のご協力の元、トークショー「それでも幸せは足元に~医師として、家族として、患者として~」を行いました。医師、家族、患者の想いはそれぞれに語られることあっても、どこか相容れない部分が感じられます。中村さんと荻原医師に出会い、お会いする度に、お話を聞かせて頂く度に、そしてそれを自分の中にフィードバックする度に、相容れないと感じていた部分に少しずつ風穴が空く気がしました。中村さんが生後500日で旅立ったご長男渓太郎くんと過ごした長野県立こども病院でのお話を本当に大切に、一分一秒を掬うようにお話して下さいました。渓太郎くんや一緒に入院している子どもたちから中村さんが受け取ったものは、不安や不満、悲しみを超えた“今を見つめて生きる力”、病床にある自分を超えて存在する“誰かを大切に想う心”、“存在そのものが愛”でした。また、渓太郎くんの治療に関わる医師、心の葛藤、渓太郎くんへの想いも手に取るように感じられました。荻原医師は乳がん治療に関わる中で湧いた疑問、そこから訪問診療や自宅を月に一回開放して行うメディカル・カフェ“軽井沢あうんの家”へと行きつくまでのお話をして下さいました。医師として、人として、患者さんの生き方に触れ、肉体の状況を超えて輝き始める姿に出会い、心動かされていくお話は渓太郎くんの担当医の姿と重なるようでした。患者である私はお二人のお話を通して、家族の想い、治療に携わって下さった医師の想いに触れ、一方的な思い込みの殻を少しずつ取り払うことができたというお話をさせて頂きました。“立場を超えて”というのは相互理解を深めるためのスローガンのようですが、それぞれの人間としての想いや心の痛みに触れた時、本当の意味で自分の心の痛みも和らぐのではないかと思います。

渓太郎くんの治療を担当していた先生が渓太郎くんの抗がん剤の点滴治療をする時に、ふと小さな声でこう囁いたそうです。

「本当は渓ちゃんの体にこんなもの入れたくないんだけどね。ごめんね。」

9月11日に55歳という若さで旅立たれた埼玉医科大学総合医療センター ブレストケア科教授矢形寛先生が、昨年ご出演されたラジオ日経「樋野興夫のがん哲学学校」をもう一度聴きなおしました。

「手術も抗がん剤も好きじゃないんですよ。患者さんを傷つけることですから。」

矢形先生のやさしさ溢れる言葉に涙が溢れます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美