~あうんの家 『森が教えてくれたこと』~

~あうんの家 『森が教えてくれたこと』~

9月22日㈯、軽井沢の「あうんの家~まなびばの時間~」にてネイチャーガイドとしてご活躍されている池田雅子さんによる『森が伝えてくれたこと』のお話会が開催された。

慢性疲労症候群という病に悩まされていたという池田雅子さん。

以下は池田雅子さんのお話より

「疲労感に襲われ熟睡することも出来ず、朝、夫や子供たちを送り出すことも出来ませんでした。ある日フィッシュイングが好きだった夫に誘われて子供たちと森にやってきました。彼女は待っている間に森に包まれている感覚を感じ、そこで熟睡することができました。何年か振りの感覚でした。その感覚を文章にし、やがて色をつけて絵にしてみました。その後、芸術療法を経て、森林生態学を学ぶことにより、本来の自分、森のなるべき姿を知りました。各々の木にもそれぞれ個が存在し各自のDNAを継続して存続することに力を注ぐ。植物という動かないものの中に個というものを感じさせる、その事に驚きを感じました。また各自、極力自家受粉させない為の試みを行っているという工夫、生命の持つ素晴らしさを感じられました。」

 

あうんの家で池田さんのお話を聞いた石塚眞一さんは「私も自然の中を歩くのが好きなので、早朝誰もいない時間、森の中、草原の中を一人で歩くのが好きです。というか自分の心の中を鑑みるのです。すると山の声とが聴こえてきます。風の音、鳥のさえずりとともに声なき声が語りかけます。池田さんも山の神を感じたと、いうように自然界には大いなるものを感じられます。」と話す。

がんと生きる中で、静寂の中に身を置き自分と向き合うことも時に必要であり、自然はそれをいつでも温かく見守ってくれる頼もしい存在なのだと思う。

 

現在、池田雅子さんは木島平村のカヤノ平に極力生態系が守られているブナ林で案内人をしている。彼女は「人間は自然界に良かれと思って、他所の土地から他の植物、などを持ってきます。その事により知らないうちに生態系を破壊するということをやってしまいます。また今現在、温暖化などの環境の変化により、森林が絶えることが出来ない(土砂崩れなど)ほどの異常気象が起きています。それを防ぐ意味でも私たちも二酸化炭素排出量を増やさないよう一人一人が努力していく必要もあります。」とも語ります。

彼女は森の自然と出会えたことを心から感謝し、その森を守りたいと本気で考えています。

私たちは一方向的に自然から豊かさを受け取り続けている。食べ物や水、酸素だけに留まらず、「自分を癒す力」まで。自然の懐の深さに感動する。あらゆる物や人を受け入れる『空っぽの器』でありながら、そこには豊かさが満ちている。

最新カフェ情報♪

10月6日㈯ 『佐久ひとときカフェ』

☆午後2時から4時

テーマ「座ってヨガ~ヨガの動きと呼吸で体いきいき~」

場所:佐久市創錬センター

10月20日㈯『あうんの家カフェ』

☆午前10時半~12時「かたりば」

☆午後2時~4時「まなびば」

テーマ:『がんと共に地域で生きること担当荻原菜緒先生

    (リレー・フォー・ライフ信州まつもとでの講演内容)

参加費は午前・午後それぞれ200円

場所:軽井沢町追分521

担当 荻原菜緒

10月27日㈯『松本がん哲学みずたまカフェ』

テーマ「一緒に笑おう。一緒に語ろう。落語会@みずたまカフェ」

祝福亭福助さんによる落語を楽しみ、その後は福助さんも交えて、

おいしいものを頂きながら、みなさんで語り合います。

参加費:500円

場所:松本市庄内地区公民館(ゆめひろば庄内)松本市出川1-5-9

担当 斉藤智恵美

ご案内 →→→ 落語会@みずたまカフェ

第3回 『一億本の向日葵』 ~祖母の遺してくれたもの~

第3回 『一億本の向日葵』

~祖母の遺してくれたもの~

    私には96歳と85歳の祖母がいます。96歳の祖母は、3年ほど前に軽い肺炎と脳梗塞を併発し、重い要介護状態となり、それからは入所型の施設でお世話になっていました。安定して過ごしていましたが、昨夜容態が急変し、救急搬送された病院で心臓の鼓動を終えました。その瞬間を家族と共に迎えられたことは、きっと祖母にとっても私たち残されたものにとっても救いになると感じました。

生まれた時から一緒に暮らし、身近な祖母でしたが、感情的で激しい性格だった祖母の声が子どもの私には怖く、耳をふさぐこともありました。もちろん可愛がってもらったこと、どこかに連れて行ってもらったことなど良い思い出も優しい笑顔も私の中には残っています。祖母が高齢となり、私が支える側になった頃には不安や寂しさからくるのでしょう、「死にたい死にたい」といつも言っていて、それに耐えきれなくなった私は必要最低限のこと以外は距離を置くようになっていました。祖母の足音、息づかいすら私を緊張させました。祖母の孤独感を何とかしたい、でも優しい言葉一つかけられない、無意識に避けている自分への嫌悪感、罪悪感は大きなものでした。90代になった祖母との時間はそんなに長くはない。そう感じていた私は、祖母を許し愛すこと、自分を許し愛すことを求め続けていました。「今日は寝たきりになった祖母を抱きしめよう」と意気込んで施設に行っても、できたのは足をさすることだけ。「優しい言葉をかけよう」は低い声での「ごはんおいしく食べれてる?」だけ。自分の不器用さと過去のわだかまりの大きさを感じられずにはいられなかった。安定した状態で過ごしていると思ってあまり顔も見に行っていなかった私の前に、最期の時は急に訪れました。たまたま実家に帰っていた私は入浴中の父に代わって、施設の名前が表示された父の携帯電話にでました。「容態が急変して、今サチュレーションは60程です。施設に来て頂けますか?」と看護士さん。「わかりました。すぐに伺います。」と電話を切って数分も経たないうちにもう一度電話がなりました。「脈はとれていますが、呼吸が停止しました。急いできてください。」と。救急車を呼んでもらい、救急車とほぼ同時に病院に駆け込みました。救急隊員、病院の方々の対応で心拍はまだ残っており、人工呼吸器で何とか呼吸を確保できていました。家族に手渡された延命治療の選択。対応して下さった先生の温かく思いやりに満ちた声を聞いて、「祖母の最期を息子と一緒に静かに見守りたい。」と心の底から思いました。言いたくてもずっと言えなかった言葉。「優しくできなくてごめんね。ありがとう。」その言葉が自然と出てきた瞬間、自分の気持ちもスッと軽くなった気がしました。祖母は、理想的な優しい祖母ではなかった。でも、私に「愛を受け取る、愛を差し出す」という大きなレッスンを遺してくれたのだと思います。今やっと言える「ばば、私のおばあちゃんでいてくれてありがとう。」私たちにとっての最高のプレゼントでした。

祖母は天寿がんを生き切りました。

ひまわり担当/斉藤

第5回『心に咲く花』 「真摯な眼で、 前方を見つめる」vs「後ろ向きで、純度の低い雑談をする」

第5回『心に咲く花』

「真摯な眼で、 前方を見つめる」vs「後ろ向きで、純度の低い雑談をする」樋野先生

最近、授業で感ずることは、同じ条件の中にいても、「真摯な眼で、前方を見つめる」 vs「後ろ向きで、純度の低い雑談をする」の2つのタイプの医学生の存在である。「この違いは、どこから来るのであろうか?」は、神谷美恵子が、精神科医として、勤務した時の言葉で、後に『生きがい』を出版したと、筆者は、若い日に学んだものである。因みに、神谷美恵子の父親の前田多門(新渡戸稲造が、第1高等学校の校長の時の生徒)の仲人は、新渡戸稲造である。新渡戸稲造は、神谷美恵子が3歳の時、前田多門の家に行って、神谷美恵子を膝に抱いてあやしている。神谷美恵子は後に「一生の想い出である」と 語っている。「教育とは、全てのものを 忘れた後に残るもの」(戦後初の東大総長:南原繁 / 新渡戸稲造が、第1高等学校の校長の時の生徒)を 痛感する今日この頃である。「21世紀の医学教育の在り方」を高らかに、提示する時でもあろう。人生邂逅の3大法則「良い先生・良き友・良い読書」は、時代を超えて展開する。

週末の土曜日の午後、『<がん哲学外来> 第76回 お茶の水メディカル・カフェ』 に赴いた。多数の参加と個人面談も行い、充実した、貴重な時であった。

『空っぽの器』友の会ニュースレター第7号も、会場に、配布された。その中に、『松本がん哲学カフェ1周年を迎えて』(松本カフェ代表で、『心に咲く花』の代表でもある斉藤智恵美氏)の文章が、掲載されていた。「たくさんの方が私の空っぽの器に“気づき”や“温かさ”という水を注いでくださいました。」の記述には、大いに感動した。映画制作のメンバーの方々も、参加されていた。映画が、作製されたら、御茶ノ水、松本市では、上映会が、企画されることであろう。終了後、隣のレストランで、スタッフと、楽しい夕食の時を持った。

日曜日の午後は、10周年を迎える「東久留米がん哲学外来」(2008年開始) と、「がん哲学外来」開設に至った「器」の「読書会」(2007年開始) が開催される。今回の朗読の箇所は、『代表的日本人』(内村鑑三 著)の「二宮尊徳」第4章『個人的援助』である。「不誠実でふまじめな人間は 相手にされませんでした」、「その人が誠実でさえあれば、天地も動かしうる」、「なすべきことは、結果を問わず なされなくてはならない」は、「がん哲学外来」の基本でもあろう。

佐久「がん哲学外来の歴史」~その2~

 佐久「がん哲学外来の歴史」 ~その2~ 

  

「第1回佐久がん哲学外来研修会&交流会」は2009年9月5日~6日に佐久クアハウスで開催された。以下のメッセージは基調講演をお願いした樋野先生から寄せられたものである。

「佐久のみなさま、こんにちは。この度、農村医療・予防医療で大変有名な信州佐久の地で、このような医療従事者、患者様、地域の皆様とともに「がん哲学外来研修会」を開催することができますことを、まず感謝申し上げます。また佐久医師会より工藤猛会長、小松裕和医師をはじめ、佐久熱気球クラブの皆様、地域の皆様の多くのご協力をいただき「がん哲学外来研修会」が実現できますことは、佐久の方々の医療に対する志の高さがあってこそと感動するとともに、心より感謝を申し述べたい次第です。昨年、順天堂大学で試験的に「がん哲学外来」を実施いたしました。これには大きな反響があり、その後、東京、千葉、横浜、地方へと「がん哲学外来」は広がりを見せています。「がん哲学外来」はカルテなどを書かずに、診療行為ではなく、患者と医師が同じ目線で、お茶を飲みながら人生を語るという人と人とのコミュニケーションが基盤にある「対話の場」です。「暇げな風貌」を持ち、「偉大なるお節介」が焼ける人、身の周りで誰かが困った時に力を貸せる人ならば、誰でも「がん哲学外来」を始めることができます。自分の「命」に対して、また隣人の「命」に対して何ができるのか、9月5日から6日にかけて行われる「がん哲学外来研修会」にご参加の皆さまが、研修・体験・講演・交流会の中で、何か感ずるもの掴めるものがあれば幸いです。そして最後まで有意義な時間をご一緒に過ごすことができれば、と願っております」。

「西も東も分からない」という喩えがある。また、五里霧中という言葉もある。樋野先生との運命的な出会いがあったのは2009年5月9日だが、その4か月後に有志4人(片桐孝子・小室清子・小林久子・星野昭江)で開催したのが「第1回佐久がん哲学外来研修会&交流会」であった。この研修会イベントのモデルはどこにも無かったし、お金もなかった。「有った」のは、心やさしい人の輪と佐久の地に根付いていた民主的な医学の伝統、そして住民に対する医療者たちの温かい眼差しだった。また、第1回研修会の開催を呼びかけた片桐さんの存在も大きかった。彼女は佐久市前山に建てられていた健康増進施設「クアハウス佐久」の二代目オーナーだった。この施設のホールでは100人ほどの研修会が開催できたし、温泉にも入れて、食事会や宿泊もできた。

取り敢えずプログラムを組んでみようと検討会を何度か開いた。いきなり「がん哲学外来」と銘打っては地元の人たちが戸惑うに違いない。がん哲学外来の「がん」にこだわって敬遠されても困るし…、悩みは尽きなかった。無い知恵を絞りアイディアを練って、考えて考えて…、ありったけの想像力を働かせた。

ふっとあるイメージが浮かんできた。熱気球である。カラフルな機体でどこまでも自由に空を飛んでいくバルーン。そのパイロットのAさんのニコニコ顔が浮かんできた。私はいなか暮らしをしてすぐに小さな家を建てた。その建築設計でお世話になったのが沖縄人のAさんで、彼は熱気球のパイロットだと名乗り、私は何度も熱気球搭乗体験をさせてもらった。広々とした青空を飛んでいくときのあの快さ、感動…。病気やがんに罹って気持ちが塞いでいる人たちにせめて一刻でも空から地上を俯瞰して心を開放してもらいたい。Aさんに応援を頼むと即オーケーを出してくれて研修会のプログラム構成に弾みがついた。地元の佐久病院のドクターにも講演をお願いしてシンポジウムも企画することが出来たのである。以下はそのプログラムである。

 

「第1回 佐久がん哲学外来研修会&交流会」プログラム

1日目 9月5日(土)

17:00~18:30 ようこそ!ジョイフライト (熱気球体験搭乗)

19:00~21:00 信州の田舎料理でほのぼの夕食会(クアハウス大広間)

2日目 9月6日(日)

6:30~9:30 おはよう!ジョイフライト(熱気球体験搭乗・アウトドアさわやか朝食会)

9:30~12:00 フリータイム (温泉でのバーデゾーン体験・貞祥寺森林浴・散策etc)

10:30~11:50 宇宙を描こう!(サンドアート)     アーティスト 石田恵美

12:50~13:50 クリスタルボウル&ギターコンサート   KAJI 梶谷正治

14:00~16:30 がん哲学外来シンポジウム

・基調請演「がん(病)」から「生」を読み取る」 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授  樋野興夫先生

・特別請演「地域医療の現場から~佐久地域での地域ケア活動~」 佐久病院地域ケア科  小松裕和先生

◇ シンポジウム

パネリストは 樋野興夫先生×小松裕和先生×横山孝子(佐久大学看護学部)講師

×小室清子(佐久心理カウンセリングルーム)臨床心理士×患者家族の代表

 

樋野先生は奥さんのジーンさんと一緒にクアハウス佐久を訪問された。熱気球搭乗は高所恐怖症だからと敬遠され、ジーンさんだけが楽しんでくださった。宿泊した人たちの朝食は千曲川の河原に運んだ。サンドアートという不思議な絵画制作体験、クリスタルボウルの神秘的な音楽の癒やし、水着でのバーデゾーン温泉浴、最後にメインの「がん哲学外来シンポジウム」と盛りだくさんのスケジュールが展開された。

地元の人たち、参加者は80人ほどだったと思う。樋野先生のスライド説明による講演を聴いていたときのこと、高齢の女性が「今の話、分かったかい」と問いかけたら隣りの老女が「オラ、難しくて何が何だか…」と答えていた。実は私も樋野先生のご講演内容が何ひとつ理解出来なかったのである。

私たち4人はこのイベントを立ち上げたときに「健康工房SAKU」とグループ名をつけて、その趣意書まで作製していた。そこに「互いの健康や命の尊さを思いやりあえる地域づくりを目指し、様々な分野の人々との架け橋になる」と宣言はしたものの、果たしてどれほどの架け橋になれたのやら、どうも心許ない気持ちになった。それで次回の「第2回佐久がん哲学外来研修会&交流会」をさらに良いものにしなくてはという決意を固めたのである。

健康工房SAKU「趣意書」

「この世に生を受けた人ならば、誰もが、病気にならずに健康で長く生きたいと思っています。が、多くの人は病と向き合わざるを得ず、特に齢を重ねればその現実は深刻さを増していきます。一方で病気や老いは真剣に自分の心身の健康、さらには『命』を見つめ直す契機となります。心と体の健康再構築…、真の健康づくりはここから始まると私たちは考えます。その人に合った健康法を一緒に見つけることで生きる力が最大限に引き出されること、さらには互いの健康や命の尊さを思いやりあえる地域づくりを目指し様々な分野の人々との架け橋になるために『健康工房SAKU』を立ち上げました」

 

第2回 『一億本の向日葵』 ~この命も誰かが生きたかった命~

第2回 『一億本の向日葵』

~この命も誰かが生きたかった命~

 

樋野先生の「朝日がん大賞」受賞、どあらっこの「日本対がん協会賞 団体」受賞とここ最近とても喜ばしいことが続いている。この賞を授与している日本対がん協会の取り組みの一つに「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」というがん征圧の24時間チャリティーイベントがある。世界、そして日本の様々な地域で行われており、私も信州まつもとの実行委員としてこの活動に関わらせて頂いている。多くの方々のご支援やご協力を頂きながら、今年も9月8日㈯・9日㈰に開催した。ご参加下さった方々と共に過ごした命の時間は多くの感動を与えてくれました。

当日の会場で行ったカフェ。そこでの命と本気で向き合っている方々との語り合いは私の中に大きな種を残してくれた。

 

「『この命も誰かが生きたかった命』。治療がつらく心が押しつぶされそうになった時に、呪文のように唱えていた。」血液のがんで共に闘った4人の女性がカフェに立ち寄った際に語られたこの言葉。最初は、その人自身がご自分を叱咤激励しているようで、少し責める言葉のようにも感じた。でもなぜかその言葉は私の頭から離れることなく、心地よく繰り返されていた。

 

『この命も誰かが生きたかった命』

 

『この命も誰かが生きたかった命』

 

今ではこの言葉を思い出す度に、体温のような温かささえ感じる。がんという病と共に生きる私の、そして出会った仲間の命が、本当に尊くかけがえのないものであると体感を持って教えてくれた言葉であった。

 

どんなにいい言葉であっても受け取れない時がある。言葉は変化しないけれど、自分が変化し、その言葉を一番いい形で受け取れる時がくる。短時間ではあったけれど、変化しうる自分という希望の種も一緒に受け取ることができたことは、実行委員として取り組んだ自分へのご褒美になりました♪

ひまわり担当 斉藤智恵美

第4回『心に咲く花』 「変わり種=からし種」〜 「マザー・テレサ がん哲学外来・カフェ」〜

第4回『心に咲く花』

「変わり種=からし種」〜 「マザー・テレサ がん哲学外来・カフェ」〜

筆者のプログ心に咲く花 ~ がんと共に生きる ~ 人生から期待される生き方を見つめて 〜』(http://kokoronisakuhana.life/)と、同時に『心に咲く花』会代表の斉藤智恵美 氏のプログ『一億本の向日葵』も定期的に掲載されることになった。「作文作家」としての華麗なるデビューである。『樋野先生の「ひのき」の 凛とした 癒やしの香りが、多くの方に届くよう 向日葵も頑張ります。』とのことである。まさに、『個性を引き出す 一億本の向日葵』は、日本国の全人口 一億人に、「心の癒し と 勇気を与える」 心温まる プレゼントとなろう。

 

日曜日、横浜磯子教会での講演・メディカルカフェに赴いた。中村清牧師の「からし種」マルコ4章31節)の説教は印象に残った。約15年前に、朝日新聞の一面の記事に、筆者のことを、『「変わり者」でなく「変わり種」』と、紹介されたことが鮮明に甦った。「かわり種」は「からし種」の如く、「地に蒔かれるときには、地に蒔かれる種の中で、一番小さいのですが、それが蒔かれると、生長して どんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に 空の鳥が巣を作れる ほどになります」(マルコ4章31、32節)である。まさに、「がん哲学外来」の10年の歩みを感ずる 今日この頃である。神奈川県三浦市の修道院シスターも聴講されており、「マザー・テレサ (1910年—1997年)がん哲学外来・カフェ」が開設される予感がした。実現したら 世界的な歴史的大事業となろう。

祝!!朝日がん大賞受賞&日本対がん協会賞受賞!!

樋野興夫先生『朝日がん大賞』

「どあらっこ」代表 中村航大さん『日本対がん協会賞・団体』

受賞おめでとうございます♪

9月14日㈮に樋野先生『朝日がん大賞』、どあらっこ代表中村航大さん『対がん協会賞・団体』の授賞式が行われました。

樋野先生が2008年から始められた『がん哲学外来』の活動が、「走るべき工程」と「見据える勇気」を持って、がんと生きる人の心に生きる希望という花を咲かせ続けています♪

★11月3日に名古屋にて祝賀会が行われます♪

詳しくはこちら→11月3日祝賀会

樋野先生受賞講演後のレセプションパーティーにて

(樋野先生・航大さん・樋野先生の奥様Jeanさん)

樋野先生受賞講演の様子

授賞式後の航大さんとアグネス・チャンさん

9月5日の朝日新聞の記事(一部)

 

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【朝日がん大賞】

樋野 興夫(ひの・おきお)  64歳

順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授

「『がん哲学外来』の提唱など、医療現場と患者の隙間を埋める活動に貢献」

医療者ががん患者と対話しながら、患者のがんにまつわる悩みを解消する「がん哲学外来」を提唱し、2008年に順天堂大学順天堂医院内で試行した。以来、既存の「がん相談」や「セカンドオピニオン相談」とは異なり、喫茶店などでお茶を飲みながら、がんについて患者と語り合う「がん哲学外来」の活動が定着。さらに医師、看護師らの医療従事者や市民が自主的に集う「がん哲学外来メディカルカフェ」としても全国に広がり、多くのがん患者や家族、周囲の人に、生きる意味や希望を与え続けている。11年には「がん哲学外来」の活動に賛同した市民らで「がん哲学市民学会」が設立され、「がん哲学外来コーディネーター」養成講座も始まった。18年までに80人のコーディネーターが養成され、メディカルカフェも全国150カ所以上で開催されるまでになった。医療現場と患者、家族の隙間を埋める場を作り、患者・家族が尊厳を持って生きる社会の実現に貢献した功績を高く讃えるものである

【日本対がん協会賞・団体】

がん哲学外来メディカルカフェどあらっこ

(中村航大=なかむら・こうだい=代表)

代表の中村さんは、小学校2年生の時に脳腫瘍を発症。中学2年生の時に樋野興夫・順天堂大学教授が提唱した「がん哲学外来」の活動に共感し、2017年に中学のクラス仲間ら3人と名古屋市で「がん哲学外来メディカルカフェどあらっこ」を立ち上げた。定期的にメディカルカフェを開き、がんについて語り合っている。現在、高校1年生となった4人が中心になって、自身の経験を同世代の子どもや、その親世代に伝え、悩みを語る場への参加を呼びかけており、がんへの教育・啓発の面からも高く評価された。

『朝日がん大賞・日本対がん協会賞とは』

日本対がん協会賞は、対がん運動に功績のあった個人および団体に贈るもので、がん征圧全国大会で表彰しています。
創立10周年の昭和43年(1968年)から始まり、検診の指導やシステム開発、第一線の検診・診断活動、がん予防知識の普及や啓発活動などに地道な努力を重ねた方々や、団体が対象になっています。個人は毎年2人から数人、団体は1ないし複数団体が選ばれています。
朝日がん大賞は、将来性のある研究や活動等を対象に贈るもので、平成13年(2001年)度から朝日新聞社の協力を得て創設しました。

9月『松本がん哲学みずたまカフェ』 会場変更のお知らせ

9月22日㈯ 『松本がん哲学みずたまカフェ』の会場が変更になりました!

日時:9月22日㈯午後1時半~3時半

場所:松本市庄内地区公民館・講座室(ゆめひろば庄内)松本市出川1-5-9

予定していた「あがたの森文化会館」が先日の台風の影響で今月いっぱい閉館ということで急遽会場を変更致しました。

ご迷惑をお掛け致します。お間違えないようお越しくださいませ。

 

第1回 一億本の向日葵~呼吸を合わせてクリスマス会を楽しむ~

第1回 一億本の向日葵~呼吸を合わせてクリスマス会を楽しむ~

ひまわり画像

様々な『心に咲く花』の中でも、元気でまっすぐというイメージが強いひまわり。「向日葵」漢字の通り、日に向かって咲く花であり、黄色い色も元気な印象を与えるからでしょう。

花言葉を調べてみたところいくつか出てきました。その中に「私はあなただけを見つめる」という花言葉がありました。一人の人を真剣に見つめる一瞬一瞬を積み重ねていけば、いつか「1億本のひまわり」がそれぞれの人生で花ひらくはず。その希望の種をひとつひとつ拾っていきたいと思っております♪

 

マイケルとの出会い~呼吸を合わせて~

 2003年に私はイギリスの北西部のプレストンの田舎にあるハンディキャップを持つ方々が住む施設で、約半年間ボランティアとして住み込みのお手伝いをしていました。そこで重度のパーキンソン病による障害(首より下の体を動かすことができない・発声ができない)を持つマイケルという50代の男性に出会いました。彼の車いすの頭の部分には機械が付いていて、それをピコピコと頭を後ろにそらす形で叩くことで、短いメッセージを伝えることができました。

何人かのボランティアスタッフで彼や他の利用者さんの食事のお手伝いをしていて、私も時々彼の食事のお手伝いをしていました。英語がかなり不十分であった私に、マイケルは頭の後ろのピコピコを使って、いつも色々と教えてくれました。

またこの施設では時々利用者さんとボランティアスタッフで、小さなパーティーをして一緒にお酒を楽しむことありました。マイケルがカルーアミルクというコーヒー味のお酒を飲むのもよく手伝いました。色々な話をして、とても楽しい時間を過ごしたのを覚えています。

マイケルは、噛む力と舌を動かす筋肉の機能、飲み込む機能が低下していましたので、彼の食事のお手伝いは細心の注意が必要でした。彼の舌の動き、呼吸、表情からタイミングを計り、スプーンに乗せた朝ごはんのミューズリー(シリアルの一種で、牛乳でふやかして食べる)とカフェオレを彼の口に運ぶ。アイコンタクトをとりながら、彼の体と一体化して食事を口に運ぶ。そんな感覚でした。

 

そんなある日、施設長のジーンに呼び止められました。ちょっとハスキーな声とハキハキとした口調で「今度、ここでクリスマスパーティーをやるんだけど、マイケルはチエミに食事手伝ってほしいそうよ。いいかしら?」と聞かれました。クリスマスパーティーはここにいる人々にとってとても特別なものでしたので、そのパーティーでの食事を頼まれることは私にとっても特別でとても嬉しかった。利用者さんもスタッフもみんなおしゃれに着飾り、30畳ほどの長細いフロアで食べて飲んでダンスをして、障害という垣根を越えて共に楽しむ最高のパーティ。そこで私はマイケルの食事を手伝いました。彼がパーティーを楽しむこと、その表情を見ることはこの上ない喜びで、本当に楽しかった!

彼の呼吸になり、彼の舌になり、彼ののどになる。一緒にダンスを踊る。私が「わたし」でなくても感じられる喜びに感動を感じたことを今でもはっきりと覚えています。

この喜びを教えてくれたマイケルと、「人生いばらの道、にもかかわらず宴会」で生きるハンディキャップを持った方々との出会いは今、私の『一億本の向日葵』として花ひらいています。