第51回『一億本の向日葵』〜時間をかけるべきもの〜

第51回『一億本の向日葵』

〜時間をかけるべきもの〜

今日は東村山がん哲学外来メディカル・カフェの5周年記念会のお祝いを、カフェを主催していらっしゃる大弥佳寿子さんに伝えたい!と思い、東村山市民ステーション「サンパルネ」にお邪魔させて頂きました。案内して頂いた会場はすでに明るい雰囲気と温もりに包まれていて、その場にいるだけで、気持ちがとても癒やされる空間でした。記念会での映画上映会、メディカル・カフェでは、大弥さんのメディカル・カフェに参加される方々に向ける想いにより、参加されていた皆さんと一体感のある時間を過ごすことでき、とても想い出に残る時間となりました。

私たちは1日24時間、平等に時間が与えられています。そして、その24時間の使い方はそれぞれの人に意思に託されています。病になると人生の時間には限りがあることを思い出さざるを得ない反面、その時間を十分に活用するだけの心のゆとりを失ってしまうことがあります。5周年記念会での大弥佳寿子さんやお手伝いされていた繋がりのあるメディカル・カフェ皆さんの姿を拝見しながら、改めて感じるものがありました。それは真っ直ぐに情熱を傾けられる対象があることの幸せです。メディカル・カフェを始められる前、そして始めてからも、きっと自分の病への不安や治療の負担などを抱えることもあったと思います。ただこの瞬間だけは自分の病の事を端に置いて目の前の事に集中することができる何かがあることは、自分を支える大きな柱になっているのではないでしょうか。ドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』の中でも樋野興夫先生は面談をされた方に、「何か探すといいね~」と語りかけています。病気であっても、自分の人生の時間を使って情熱を傾けられる何かを探すことは、病と生きる中で治療と同じくらい大事なことだと私は思っています。自分は何に喜びを感じたり、楽しみを感じたりしているのだろうか。何を重要だと感じているか。自分という人間が感じるものの先に使命にも似た「その何か」が存在しています。私は自分の乳がんが分かって治療を始めてから丸5年が経ちました。最初の3年間は治療と並行して、ひたすらに「その何か」を探していたような気がします。3年という時間が長いのか短いのか分かりませんが、過去に探し続けていてくれた自分のおかげで今は真っ直ぐに、情熱を傾ける事ができています。未来の自分に決して絶望せず、未来の自分にプレゼントをするように、今「その何か」を探しに出かける。見つかったものは、自分を表現する芸術のようなものかもしれませんし、メディカル・カフェのような誰かの支えなる場所作りかもしれません。病と生きる中で自分にはコントロールが難しいことを思い煩う時間を「どうせなるようにしかならないのだから」と少し脇に置き、情熱を傾けられる「その何か」を探したり、考えたりする時間に換えていく。その過程で自分の人生から期待され、優しく微笑みかけられていることを感じられるのではないでしょうか。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美

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